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文学フリマから生まれた“SNS時代の私小説”『夜のこと』

SNS時代に私小説は向いている?

元”日本一有名なニート”・pha(ファ) × 文学フリマ代表・望月倫彦 対談風景 望月:phaさんがこの小説を「私小説」と称しているのも驚きでした。私小説って特殊な言葉で、SFやファンタジーと違って定義が曖昧です。ドイツの日本文学研究者イルメラ・日地谷・キルシュネライトの言葉を借りるなら、私小説というのは作者と読者と文壇の相互関係で成立する儀式だ、というんです。だからテキストだけ読んでもそれは私小説にはならなくて、読者が「これは作者が本当のことを書いている」と思う行為がないと私小説としては成立しない。 pha:なるほど。そう考えると、私小説を読む人には、作者がこういう人だっていうイメージがある程度あるってことですよね。 望月:そうですね。そう考えたときに、SNS時代において、私小説というジャンルは向いているんじゃないか、ってphaさんの小説を読みながら思ったんですよね。 pha:確かに、今の時代みんなTwitterで名前や顔やパーソナリティをある程度知ることができますからね。 望月:まさしく、『夜のこと』はSNS時代の私小説なんだなと思いました。ただ、やっぱりご自身でこの小説を「私小説」と呼ぶのか、という驚きはありましたけどね。ぜんぶウソですよって言った方がリスクが少ないし、正直楽じゃないですか。 pha:いや、そうかなあ。僕はウソですよっていう方が怖いです。本当ですと言った方が楽。 望月:そうですか。 pha:自分の創作に自信がないのかもしれないです。ゼロベースで見られると怖いので、僕のキャラ込みで読んでもらった方が面白がってもらえそう、という共犯関係があるんですよね。

文学フリマから書籍化へ

左2つは文学フリマで発表された『夜のこと』。一番右は好評発売中の『夜のこと』。それぞれデザインが異なる

――先ほどのお話を聞くと、今回の小説はphaさんのことを知っている人にさえ届けば十分というモチベーションだったのかな、という感じもするのですが。 pha:いや、本当は知らない人に読んでもらいたいんですけど、怖くて。まずは知っている人からって感じで文学フリマを選んだんですよね。そしたらそれがわりと好評だったから単行本を出すことになった。 望月:まあでも、知っている人の話の方が絶対に面白いですもんね。最初にも言いましたが、僕はこの小説を読んであまりにphaさんの人物像と離れた内容だったから驚いたし、より興味深く読めた気がします。そういう意味では、以前平野啓一郎さんが『高瀬川』という小説を書いたときの衝撃と近いですね。それまでめちゃくちゃ作り込んだ文芸作品を書いてきた人が、あるとき突然『高瀬川』という官能小説のような短編を発表したんですね。若い作家が編集者とやりとりをしていく中で親密になりホテルに行くのですが、そのホテルでの描写が延々と続く。平野作品を追いかけてきた読者は「え、今までと全然違うじゃん」って驚いたという。 pha:ああ、でもたしかに、平野啓一郎さんがどうかは知りませんが、僕もみんなをびっくりさせたいという気持ちはあったかもしれない。そもそもネットで活動している僕が文学フリマに出ること自体がちょっと意外だろうし、出ることも直前になってから発表したんですが、あのときは、爆弾をこっそり作って見せてみた、みたいな感じがありましたね。 望月:ということは、作戦は大成功ということで。 pha:そうですね。結果的にこういう内容を好意的に読んでもらえたのは、文学フリマという場を選んだからこそだと思います。反応の多さで言えば、無料でウェブに公開した場合の方が圧倒的に反応が多いんですよね。誰からもリアクションがない中ひとりで書くことは孤独だから、反応は欲しい。それでも3万人に無料で読んでもらうより、300人に有料で読んでもらうほうが、よいリアクションが返ってくる、と思いました。 <取材・文/園田もなか 撮影/後藤 巧>
『夜のこと』書影

同人誌即売会・文学フリマ東京で話題を集めた恋愛短編集『夜のこと』(2巻)を大幅に加筆修正して一冊に。11月15日に扶桑社から発売

pha(ファ) 1978年、大阪府生まれ。作家。京都大学総合人間学部を24歳で卒業したのち、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて“社内ニート”になるものの、30歳を前にツイッターとプログラミングに衝撃を受けて退社し上京。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を主宰し、”日本一有名なニート”と呼ばれた。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『どこでもいいからどこかへ行きたい』などがある。 初の小説『夜のこと』が好評発売中。第三十一回文学フリマ東京にて、ブースを出店予定。 望月倫彦(もちづき ともひこ) 文学フリマ事務局代表。1980年生まれ。第二回文学フリマより事務局代表を務める。イベントディレクター、ライターとしても活躍。第三十一回文学フリマ東京が、2020年11月22日(日)東京流通センター 第一展示場にて開催予定。
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夜のこと

元”日本一有名なニート”・pha(ファ) 初の小説を執筆!
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