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<純烈物語>2020年に失ったものにリーダー酒井は思いを馳せ、そして涙した<第77回>

おじさんが泣くとおじさんはシンクロする

純烈_渋公2「おじさん(今林)が泣くと、おじさんはシンクロしたみたいに響き合っちゃうんですよ。おじさんっていいぞという話なんです。若いやつにも今は我慢しろ、おじさんなったらやれることもたくさんあるんだからって言いたい」  かくして、14曲を終えた純烈に無音ながらも万雷の拍手が降り注いだ。笑って泣いて、歌って踊れば、たとえその場がたった1人の観客であっても時を共有した人数分の達成感でいっぱいになれる。  白川裕二郎、小田井涼平、後上翔太の顔にそれが描かれていた。もちろん、呼び込まれた今林とスーパー・ササダンゴ・マシンにも。 「今日、スタッフの方だけで100名、カメラが何十台もある中で、誰も純烈を知らなかった頃を思い出しました。今年は誰も想像できない年になってしまいましたけど、その中でも今日みたいにできることを模索してきた2020年の成果を、2021年に直接皆様へお会いして変化した純烈を感じ取ってもらえることが来ると信じていますので、健康で再会できるようにしましょう」(後上) 「何もなければ2000人の人たちがこの会場を埋め尽くしてくれたと思うとちょっと残念でもありますが、こうしてできたのは僕たちにとってもありがたいし、ホッとしました。来年はきっと皆さんの近くで会えると思うので、その時まで首を長くして待っていただければと思います」(白川) 「本当は握手したりハグしたりしながらステージをやるのが純烈のライブスタイルですが今はそれができないけど、離れていても伝わるものはあると思います。1人のお客さん、ありがとうございます。ほぼ貸し切り、すごい思い出になったと思う。その思い出の手助けになれたのが嬉しいです。これで一生、純烈のファンということでよろしいでしょうか?」(小田井) 「(1人の観客に)あなたはこれ以上の感動を得ることができなくて、2年以内に純烈の会場からいなくなる。これ以上のエクスタシーはないんです。ざまあみろ、家で見ているババアども! それぐらいの優越感に浸れるのです。あなたがインターネットで叩かれようが、私は知ったこっちゃない。叩けばいい。それぐらい特別なことだった」(酒井)
純烈_渋公3

ひとりの観客(中央)をステージにあげ、エンディング

 客席の曽根優子さんをイジりつつ、それぞれの気持ちを最後に伝えると、ラストナンバーの『人間だもの』へ。そうやるのが当然とばかりにオーディエンスをステージに上げ、一緒に歌った。  至れり尽くせりにもほどがある。個人のしあわせなのに、やり方と姿勢次第でみんなもしあわせな気持ちなれた。 「ライブの間は、ほかに誰もいないのでずっと緊張していて、一人だとすごく響くのでここで拍手していいのかなとか思いながら見ていましたし、最初で泣いて、リーダーの涙で泣いて、最後もステージに上がって感動して。ステージの上って、こんな感じなんだ!と。  一緒に楽しんじゃうのが嬉しかったし、純烈らしかった。ラウンドで降りてくることはあっても、自分が上がることなんて考えたこともなかったですから、これ以上の快感が今後の人生の中で得られるのか……あっ、純烈のファンやめないですけど、リーダーに言われた意味はわかりました」  全出演者と曽根さんも入った集合写真を見ると、バックに映った無人の客席は笑顔でいっぱいになっていた――。

「まっする」でもオンラインラウンドが

 渋公(LINE CUBE SHIBUYA)ライブから4日後の11月9日、後楽園ホールにて「まっする」がおこなわれた。酒井がメンバーだった「マッスル」と違い、ひらがな表記の方はDDTプロレスリングの若いプロレスラーを中心とする次世代に向けた育成の場として、今年1月よりスタートしたものだ。  ササダンゴは出役でなく、台本を書きプロデューサーとして本部席から見守っている。それは、純烈結成時、酒井が理想としたポジションでもある。  プロレスという土壌でも、ササダンゴはオンラインラウンドを実施した。歌の代わりに試合をおこない、それを見ながら他の選手たちがスマホから観戦するファンのツイートに、いいねをつけていく。  この日はCS放送・サムライTVやDDTの動画配信サイト・WRESTLE UNIVERSEでライブ中継もされていたので、会場にいなくても参加することができた。7月より有観客興行を再開させたプロレス界だが、依然と声を出せない状況は続いている。  声援も、思わず選手の名前を呼ぶのも許されぬとなると辛い。本当ならば、それでも足を運ぶ観客に感謝の意をなんらかの形にして返したいのに、やはりできることが制限されてしまう。ササダンゴは、2020年現在のエンターテインメントを取り巻く現実に対し、やるせなかった。  普段は新潟の金型工場で働き、コロナ禍の大変なタイミングで代表取締役社長に就任家業を継いだ。プロレスとそれ以外の活動も続け、この11月は3日にDDTのビッグマッチへ出場し5日が純烈、9日がまっするというスケジュールだった。 「みんな出演するだけじゃなくて、ササダンゴはパワーポイントを作ったり台本を書いたりしながら自分の仕事じゃないところを補い合っている。それを小池さんがまとめてくれて、純烈ライブっぽさにつながったんだと思います。マルチプレイヤーがたくさんいるから、こういう形のライブができる」(酒井)  まっするでも、渋公と同じ思いを味わえた。遠かった選手とファンの距離が、実は感じていた以上に近かった。  オンラインラウンドという魔法の武器は、この時代だからこそ生み出された。それが心を揺さぶるものであったとしても、やはり本来ならば顔と顔を合わせてその瞬間を共有するのが在るべき形なのだ。酒井は言う。 「物理的に離れていても、ライブを作っている意味ではなんら変わらない。その意味でも今回の渋公はよりお客さんと近かったんだと思います。でも、どんな素晴らしいものでも生には勝てない。純烈は現場主義。来年は9月ぐらいまでほとんど休みがない。ファンの皆さんに、おめでとうございますと言えるぐらい、ホンマすごくなるから」  2020年、忘れられぬライブとなった11・5渋公の11日後、純烈の紅白歌合戦3年連続出場が発表された――。 撮影/ヤナガワゴーッ!(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxtfacebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売
純烈物語 20-21

「濃厚接触アイドル解散の危機!?」エンタメ界を揺るがしている「コロナ禍」。20年末、3年連続3度目の紅白歌合戦出場を果たした、スーパー銭湯アイドル「純烈」はいかにコロナと戦い、それを乗り越えてきたのか。
白と黒とハッピー~純烈物語

なぜ純烈は復活できたのか?波乱万丈、結成から2度目の紅白まで。今こそ明かされる「純烈物語」。
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