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「結局のところ僕は書くことで人生切り拓いてきた」山本周五郎賞作家・早見和真の素顔

壮絶な母性が引き起こした惨劇

――現在執筆中の作品について伺ってもいいですか。 「『小説 野性時代』(角川文庫)で『八月の母』という作品を書いているんだけど、『八月の母』は、7年前の2014年に愛媛県伊予市で実際に起きた集団リンチ事件に着想を得たものです。2016年に愛媛に引っ越してきたときから『あの事件、知ってる?』っていろんな人に聞かれました。結構凄惨な事件だから見て見ぬフリをしてきたんですけど、とある理由でその事件を調べ直したところ、ある仮説が浮かんだんです」 ――と、いうと?
早見和真

早見氏は現在、愛媛で起きた事件を題材にした小説を執筆中

「それは人間の心を持たない人たちが起こした殺人事件なのか、社会の息苦しさとかシングルマザーであることとか、お金がないといったことが起こした事件なのか、っていうのがおそらくわかりやすい見立てとしてあったんですけど……。僕の中の仮説で、壮絶な母性が引き起こした事件だっていう見立てはできないかなって思ったんですよね。2020年の夏、愛媛にいるのがあと1年だって決まっているとき、事件の関係者や加害者を知る人たちに会いに行って話を聞いたら、こちらから誘導しなくても母性とか母性愛っていう言葉がけっこう出てきたんです。そこで初めて『ああ、書けるなぁ』と思いました」

母と娘を書きたいという思い

――母性を描くというのは、新しい試みですね。 「『ぼくたちの家族』(’13年、幻冬社文庫)から『ザ・ロイヤルファミリー』まで、僕は一貫して父と息子の話を書いてきたんですよ。でも、父と息子を書いてきたように、母と娘を書きたいっていう気持ちも一方であったんですよね。愛媛に残せるものと、母性の仮説が、母と娘の物語というところに結びついて、実現にいたりました」 ――手応えは感じていますか。 「連載第1回目を読んでくれた女性からなんですが、壮絶な性被害の体験を明かされる機会が多くて。それはなんというか、勇気付けられるというか、またひとつ宿題を背負わされた感じがしますね」
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イノセントデイズと同じ……
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様々なメディア媒体で活躍する編集プロダクション「清談社」所属の編集・ライター。商品検証企画から潜入取材まで幅広く手がける。

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