更新日:2021年04月02日 15:08
エンタメ

直木賞作家・朝井リョウが作家10周年記念で「性欲」をテーマにした理由

少数派の人たちを書いたという感覚はない

朝井リョウ――とにかくもう猛烈な握力でもって摑んだ主題設定が、圧倒的にオリジナルです。読者は初めのうち、他人事だと思って読み始めると思うんですよ。でも、読み進めるうちにどんどん、他人事だと思える人は減っていくんじゃないか。 朝井:すごく少数派の人たちを書いたという感覚は私自身、まったくありません。自分の持っている欲望が、社会や経済の大きな流れに乗っていないと感じることって、大なり小なり誰にでもあると思うんです。気楽な例ですが、私はここ数年、YouTubeで人がご飯を食べる動画ばかり見ているんですけれども、そんなところに自分のグッとくるポイントがあるなんてこれまで想像したこともなかった。 ――誰もが何かの分野では、マイノリティである。 朝井:社会や経済の大きな流れが受容してくれる人間の欲求というのは、どうしてもメインジャンルの幾つかでしかないんですよね。何もかもから自分の欲求が弾かれ続ければ、誰だって目の前の世界を恨めしく感じるはずです。そんな感情の積み重ねによる爆発を、あらゆる報道から感じます。ああ、この人は世界から弾かれ続けた結果こういうことをしたんだな、と、色んな報道を見て思います。そういう種がどこにでもあることは誰もがわかっているけれど、自分のすぐ隣で爆発が起きることは少ないから、ないものとして暮らし続けてるんですよね。

「性欲を巡る人間模様」よりも書きたいもの

──朝井さんのデビュー作『桐島、部活やめるってよ』の新しさは無数に数え上げられますが、青春小説だけれども「性春」ではないというか、今時の若者っぽい「性の匂いの少なさ」もその一つだったと思うんです。そのような作品でデビューした人が、10年を経て性欲についての話を書いた。その経緯は気になるところなのですが。 朝井:『何者』(’12年)の時も、「大学生の男女5人が室内で長い時間一緒にいるのに、恋愛とかセックスが発生しないのはすごく今っぽいよね」と言われたりしたんですが、それに対してきょとんとしてしまうのは今も同じです。人間関係を築いていったうえにある恋愛関係とか肉体関係とか、そういうものを書きたい気持ちは昔も今もあまりないんです。今作も、性欲を巡る人間模様というよりは、人間の欲求そのもの、性欲そのものに焦点を当てています。誰かを好きだ嫌いだということよりも、生まれつき搭載されたものと共に生きていくということを、性欲をテーマに書きたかった。 ──『正欲』の中では、「根」という表現をされていますよね。性欲はいろんな欲の中でも、その人の人間性の根幹を成すものである、という。 朝井:視野が決まるというか、その人が「世界をどう見ているか?」に直結するものだと思うんです。自分にとっての性的対象が世の中の多数派と重なるかというのは、たとえそうでなくても自分らしく生きよう、みたいな簡単な話ではないと思っています。
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作家として書き続けるテーマは「死なずに生きていく」こと
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