更新日:2021年04月02日 15:08
エンタメ

直木賞作家・朝井リョウが作家10周年記念で「性欲」をテーマにした理由

作家として書き続けるテーマは「死なずに生きていく」こと

朝井リョウ──異なる「視野」を持つ人の人生を内面的に追体験できるのは、小説というジャンルの強みだと思うんですが、そこは表現するうえでも突き詰めるべきポイントなんですね。 朝井:最近よく、多様性という言葉が、世の中の分断を阻止する意味合いで使われている場面を目にします。でも多様性って「種類の多さ」のことなので、分断そのものだとも思うんです。全員違う視野で生きている者同士、どう共生していくか。そして、そんな連帯にも仲間入りさせてもらえない人はいる。そこを書きたいと思いつつ、「視野が広がってめでたしめでたし」という展開は避けたかった。 ──どういうことですか? 朝井:こういう言い方をすると棘がありますが、「視野が広がりました」って、人間の成長を書く上で一番簡単な締め方だと思うんです。今回は、登場人物がいろんな経験を経て視野が広がる話よりも、こういう種類の視野で生きている人間が存在する、ということ自体を書きたかったんです。私は『死にがいを求めて生きているの』(’19年)を書き終えたくらいのとき、「死なずに生きていく」ということがこれからの自分の書きたいテーマなのかも、となんとなく思ったんです。『正欲』は、今までの小説の中で、「死なずに生きていく」ということを最も前向きに捉えた作品だと思います。途中で「なんじゃこの話は」と思っても、あるところで底にトンと足が着いて浮上していくはずなので、そこまで是非読んでもらえたら嬉しいです。

10年かけて自分の中のルールがなくなっていった

──これまでの作家人生を振り返ると、やはり直木賞受賞がトピックとしては大きかったですか? 朝井:そうですね、本当に青天の霹靂でした。どうしよう、もう死ぬんだ、とか思いました。少なくとも、あまりいい人生じゃなくなるな、とは真剣に思いました。レベルが違いますけれど、宝くじに当たった人って大体バッドエンドな人生になるって言いますよね。「大きな賞をいただいけれども、とにかく謙虚でいよう」とか思う時点で、もうキモいんですよね。自分は変わっていないと思っても、何かは絶対に変わってしまった。その瞬間から、とにかく無事に過ごそう、という気持ちが強まってしまいました。 ──作家として「死なずに生きていく」ぞ、と……。実際、大きな賞をもらうと書けなくなってしまう人も多いんですが、コンスタントに書き続けてきましたよね。 朝井:『正欲』は、書き続けてきた10年の集大成になったと思います。ただこの10年は、自分が書くものを自分で縛っていた期間でもありました。自分はエンタメ作家だという意識が強かったですし、例えば両想いになるとか夢が叶うとか、そういうものがハッピーエンドであるとどこかで思っていました。先ほどの、視野が広がる、もそうです。でも、「もっと個人的なゴールでも、というかゴールと呼べないものをラストに持ってきてもいいのでは」というような感覚がどんどん強まってきて、『正欲』にはそんな思いも反映されています。
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