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家を失った借金500万円男。20万円を握りしめて向かった先は

東京駅を目指して歩く

 とりあえず、今働いているどの現場へのアクセスも良い東京駅を目指した。家がなくなると、なぜか感傷的な気持ちになって、止まってもいない携帯電話を極力開かないようにした。自分で解約しただけなのに、家がなくなってしまった可哀想な人の顔をして歩いた。  今、東京で一番不幸なのは僕です。  そんな横顔を飲み屋の明かりで照らしたかったが、夜に開いている店は本当に無かった。東京はまだ静かだった。不気味なほど暗い街中でたまに出会う、意味不明な時間に犬の散歩をしている老人に何度もビビった。意味不明な時間に犬の散歩をさせているのは大抵おじいさんだ。  そういえば、最近はインターネット上で「金が無いんです〜」と全部を曝け出して活動している人をよく見かける。僕自身も正にそういった有象無象の人間の一人なのだが、こうもたくさん似たような人間を見かけると、なんだか恥ずかしくなってくる。それは僕の根がオタクで、あからさまな流行りに対してずっと斜に構えていたからなのだろう。

僕はいつまでも中途半端だ……

 UberEatsやTipStarの友達紹介で小銭を稼ぐのが心底ダサいと思っていた自分が、今ではPayPayのQRコードを晒してタバコ代を恵んでもらっている。彼らの多くは顔を出して名前を出して家の中まで全部見せて人生の舵を大きく切っているというのに、僕はいつまでも中途半端で、いざアルバイトをする時にはあたかも 「転職活動中で、ついこの間まで社会人でした」  なんて顔をして、東京に溶け込もうとしている。  工事現場では黙々と働いているが、たまに行くファミレスのアルバイトでは、大学生の他のアルバイトに陰口を言われたりしないように極力イイ人であろうとするし、普通の就活生からも年下のフリーターからも魅力的な人と思われたいから、時にはコロナで減収したフリーランス、時には元サラリーマンと、嘘をつきまくっている。接客業の辛いところは何も客前だけの話ではない。  ただ黙々と歩いていると、ついそんなことを考えてしまう。 「若いね」と言われているうちに若者を卒業しないといけなかった。代謝の落ちたアラサーの肉体に20歳の魂が宿り、隅田川を転がり落ちている。  朝日が登る頃に築地に着いた。あと数時間で月曜日の仕事が始まってしまう。その日はとりあえず付近のホテルに泊まった。現金で支払ったのでいくら払ったのかは正確には覚えていない。3000円くらいだったと思う。クレジットカードも使えず、現金がすぐに引き落とされてしまうから事実上デビットカードも封殺された僕は、全財産を常に現金で持ち歩いている。海外のカジノに行く時はいつも友人に予約してもらい、現金で金を渡していた。  金庫に封筒と実印を入れ、シャワーを浴びて現場に向かう。徹夜をしたのは久しぶりだった。
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旅は若いうちに……
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