煉獄と炭治郎の「夢」のエピソードは「家族への思い」の表出
◆竈門炭治郎「でももう俺は失った!!戻ることはできない!!」(7巻・第57話「刃を持て」)
煉獄に続き、炭治郎の「夢」もまた「大切な家族」との思い出の場面だった。「夢の中に居続けたい」と涙を流す炭治郎を、つらく厳しい「鬼殺の道」―現世へと戻したのは、「妹を“人間”に戻してやりたい」と願う、長男としての決意だった。
幼い弟・六太の「お兄ちゃん 置いていかないで」と泣き叫ぶ声に、炭治郎の胸はつぶれそうになるが、それでも彼は禰豆子の「生」を守らなくてはならなかった。炭治郎の心は、死んだ家族とともにある。今、炭治郎が「家族」を残していくのは、彼らはきっと禰豆子を助けることを望んでくれるはずだと、炭治郎自身が信じているからだ。家族への信頼が炭治郎の力になる。
◆下弦の壱の鬼・魘夢「どんなに強い鬼狩りだって関係ない 人間の原動力は心だ 精神だ」(7巻・第55話「無限夢列車」)
煉獄と炭治郎の「夢」のエピソードは、彼らの悲痛な「家族への思い」の表出だった。鬼殺隊の隊士たちがどれほどの辛苦に耐えながら、日々の任務に取り組んでいるのかがわかる。
魘夢は「人間の心なんてみんな同じ 硝子細工(がらすざいく)みたいに脆くて弱い」と言ったが、「弱い心」を奮い立たせて、鬼殺隊は「守るべきか弱き者」のために戦う。奇しくも魘夢の言葉通り、彼らの弱い心・悲嘆の心が、戦うための原動力になった。
◆我妻善逸「禰豆子ちゃんは 俺が守る」(7巻・第60話「二百人を守る」)
孤児の善逸は、炭治郎や煉獄のように家族の夢を見ることはない。しかし、大好きな禰豆子とともに、美味しい桃がたくさん実り、きれいなシロツメグサがある場所を目指して駆けている。おそらく善逸たちがいる場所は、善逸が師匠や兄弟子とともに剣術の訓練を行っていた場所だ。その大切な場所へ禰豆子を連れていくのが、善逸の「幸せな夢」だった。
炭治郎が魘夢との戦闘のため、禰豆子を守ることが手薄になった時、善逸は魘夢の術によって眠ったままであるが、必殺技「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」を放つ。ふだんはなかなか「真剣な表情」では愛情を伝えられない善逸だが、眠りながらも、心から禰豆子への愛情を示した。
無限列車編では、魘夢戦後すぐに「上弦の鬼」との連闘になるため、炭治郎は禰豆子の元に駆けつけられないが、善逸は他の乗客を守りながら、ひとり禰豆子をかばい続けた。
◆嘴平伊之助「腹は大丈夫か 刺された腹は」(8巻・第62話「悪夢に終わる」)
画像はコミックス「鬼滅の刃」7巻(ジャンプコミックス)のカバーより
かつて「鼓の鬼」との対決の時には、鬼である禰豆子を殺そうとし、それを守ろうとした善逸に暴力をふるい、炭治郎とも拳を交わすことになってしまった伊之助。「那田蜘蛛山編」あたりから、炭治郎と善逸を仲間として認め、仲間への気づかいを少しずつ見せるようになり、禰豆子とも仲良くなっていく。
さらに「無限列車編」では、自分を助けるために刺された炭治郎の傷を見て、心配を口に出せるようになった。親がおらず山中で猪に育てられた伊之助は、年頃の友人もいないまま孤独に育った。しかし、鬼殺隊の任務の中で、お互いを信頼し、他者を思いやりながら生きることを学んでいくことになる。
「無限列車編」の戦いは、炭治郎、善逸、伊之助の成長が明確になったエピソードだった。しかし、彼ら「かまぼこ隊」の成長には、「大きな喪失」がともなう。“心を燃やして戦う”彼らは、これからさらに厳しい戦況の渦に突入していかねばならないのだ。アニメの続編で、彼らの戦いを見届けたい。
(文/植朗子)
1977年和歌山県新宮市生まれ。神戸大学国際文化学研究推進センター協力研究員。大阪市立大学文学部国語・国文学科卒。大阪市立大学大学院文学研究科前期博士課程修了。神戸大学大学院国際文化学研究科後期博士課程修了。博士(学術)。専門は伝承文学、神話学、ドイツ民俗学。著書に『
「ドイツ伝説集」のコスモロジー -配列・エレメント・モティーフ-』(鳥影社)、共著に『
はじまりが見える世界の神話』(創元社)、『
「神話」を近現代に問う』(勉誠出版)など