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映画『俺たちに明日はない』の原題は?センスが光る“映画の邦題”を掘り起こす

原題を“直訳できない”作品たち

恋愛小説家

「恋愛小説家」(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)

 しかし直訳したら意味不明なタイトルになってしまう原題もまた多い。例えば、ロビン・ウィリアムスが熱血教師を演じた心温まる作品の“DEAD POETS SOCIETY”を「死せる詩人の会」などと直訳したのでは、ホラー映画になってしまう。そこで『いまを生きる』という人間臭い邦題が必要になる。シャロン・ストーンの“BASIC INSTINCT”が、『氷の微笑』という邦題がつけば女性にも受け入れられそうなタイトルになる。また“THE GINGERBREAD MAN”が「生姜パンの男」という意味よりずっとわかりやすい『相続人』になったり、原題を訳しようがない“AS GOOD AS IT GETS”が『恋愛小説家』と見事な邦題になったりしている。また、この作品と同じ製作者による最新作“FINDING GORRESTER”でも原題にはない小説家という日本語を起用し『小説家を見つけたら』という邦題で前作からのシリーズ感を出す心憎いばかりの気遣いがされている。  数えきれない作品の中から、私にとって印象深い邦題をいくつか列挙してみる。まずは、モンティ・パイソンの鬼才テリー・ギリアムによる近未来ドタバタ映画の『未来世紀ブラジル』。原題の“BRAZIL”のままだとコーヒー映画かサンバ映画を連想してしまいそうだが、似合わない二つの単語の組み合わせによって、好奇心をそそる、頭に残るタイトルになった。妙に気になるタイトルの『去年マリエンバートで』という仏語の原題をそのまま日本語にした映画がある。その文学的な日本語タイトルの響きと、公開時の庭園を描いた白黒のポスター・デザインの素晴らしさで期待したが、内容はさっぱり理解できなくて寝てしまった。ヨーロッパ系の映画は、原題自体が文学的なので邦題もカッコよくなる傾向が強い。その行き過ぎた例がバルザックの原作『知られざる傑作』を映画化したフランス映画で、つけられた邦題が『美しき諍い女』。一見、詩的で高尚だが、<諍い>という字の読み方はルビを見て初めて知ったぐらいだから意味もわからなくて、諍い女がどんな女なのか想像つかなかった。

原題とは無関係ながらも素晴らしいタイトル群

 一方、ハリウッド系は商売上手で、原題とは全く関係のない素晴らしい日本語タイトルがついた作品が数多くある。『恋人たちの予感』(“WHEN HARRY MET SALLY”)、『俺たちに明日はない』(“BONNIE AND CLYDE”)、『めぐり逢えたら』(“SLEEPLESS IN SEATLE”)、『天使にラブ・ソングを…』(“SISTER ACT”)など枚挙にいとまがないが、最近の邦題でのお気に入りは『メリーに首ったけ』(“THERE’S SOMETHING ABOUT MARY”)で、首ったけという日常では絶対に使わない死語を使ったのが成功で、内容に実にしっくりと合った気の利いた邦題だと思う。昔だと“ALL ABOUT EVE”が『イヴの総て』という色気のないタイトルになったが、そんな型にはまらない邦題のほうが面白い。その代表例は『死霊の盆踊り』をおいて他にないだろう。原題(“ORGY OF THE DEAD”=死の乱痴気騒ぎ)からして奇妙なこの作品の中身は、ほとんどが度肝を抜かれるほど下手クソな死霊の裸踊りのシーンだけの史上最低の映画である。それを盆踊りという言葉に置き換えたセンスはなかなかのもので投げやりな雰囲気が十分に伝わってくる。
俺たちに明日はない

「俺たちに明日はない」(ワーナー・ホーム・ビデオ)

メリーに首ったけ

「メリーに首ったけ」(ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)

 奇妙なタイトルがついているけれど、作品自体も悪くないのが、スペインのペドロ・アルモドヴァル監督の一連の作品だ。『神経衰弱ぎりぎりの女たち』『バチ当たり修道院の最期』『アタメ、私をしばって!』など強い女性と情けない男性を面白おかしく描く作品とされていた。しかし近作の『オール・アバウト・マイ・マザー』によって、世界中のマスコミから絶賛されアカデミー賞外国映画賞を獲得し、押しも押されもせぬメジャーな監督になった。同時に、以前のような奇妙かつ秀逸な邦題はつけられなくなり原題をそのままカタカナにしたタイトルで上映された。少し残念な気がするが監督のせいではない。メジャーになると、なかなか遊び感覚で原題をいじるわけにはいかないのだろう。  このように邦題にも様々な性格がある。日本の作品の『心中天網島』が海外に行けば“DOUBLE SUICIDE”(二重自殺)になるように、日本で上映される映画に日本語がつくのは自然なことだ。だから、内容を正確に表し、タイトルだけで映画館に足を運びたくなるような邦題が増えることを期待したい。
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あの頃、VANとキャロルとハイセイコーと…since 1965

1960年代以降のさまざまなカルチャーを縦横に語る

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