10%の金利で預金しても損をする…人々を惑わす「貨幣錯覚」とは/上念 司
給与が上がらないから、仕事に対するモチベーションが上がらない。そんな悩みを抱える会社員も少なくないだろう。しかし、「給与に一喜一憂する前に重視するべきは物価上昇率」だと語るのが、経済評論家として活躍する上念司氏だ。給与の額と物価上昇率の関係性について、上念氏が解説する。
(以下は、上念司著『あなたの給料が上がらない不都合な理由』の一部を編集したものです)
私は2001年に独立し、それから20年以上中小企業の経営者をやってきました。だから、人を雇うのが本当に大変だということは身に沁みて分かっているつもりです。給料も上げてやりたいけど、先々を考えると厳しい。逆に完全業績連動でいいならいくらでも上げていいんだけど……。
実際に、私の会社の場合、パートナー企業との間ではそういう契約になっています。いわゆる「レベニューシェア」ですね。お互いに頑張って売上を上げると、自動的に取り分も増える。だから頑張るわけです。もちろん、運悪く売上が減ったら取り分も減ります。これは外注業者が相手だからできることであって、正社員が相手だとなかなかこうはいかないですよね。せいぜいボーナスなどの一時金で対応するぐらいですが、ボーナスだって一度上げたらなかなか下げられないのが現実です。
社員の方にとって、たとえボーナスであっても、前の年よりも下がるのは精神的なダメージが大きいじゃないですか。例えば、5年前にボーナスがピークになって、それ以降ピークを更新できないっていうのは厳しいですよね。やっぱり給料は右肩上がりじゃないとやる気がでない。100円ずつでもとにかく上がっていることが大事。うんうん、分かります。
でもね、それって錯覚なんですよ。経済学で言うところのいわゆる「貨幣錯覚」というやつです。貨幣「錯覚」と聞いて、「給料を上げてほしいという私たちの切実な声は錯覚だというのか!」と怒らないでください。「money illusion」の訳語なんです。「illusion」は錯覚とも訳しますが、幻とか幻想という訳語もあります。プリンセス天功のイリュージョンみたいなもんです。貨幣にまつわる幻、手品だと思ってください。
では、貨幣錯覚について簡単な事例を使って説明します。2000年代のある日、某金融系企業の担当者が私にこう言いました。
「上念さん! モンゴルすごいよ。普通預金の金利が10%超えてる!」
こいつは本当にプロかと耳を疑いました。確かに名目金利は10%を超えているかもしれないけど、そこには絶対にからくりがあるって思ったからです。案の定、モンゴルの物価上昇率を検索したら12%(2005年)でした。そりゃ金利もそれぐらい付けないと誰も預金してくれないだろうなって思いました。
もうちょっと分かりやすい例でいきましょうか。例えば、ある人の30万円だった給料が、翌年に60万円に上がったとしましょう。すごい!給料2倍ですね。しかし、同じ1年間で物価も2倍に跳ね上がっていました。この場合、60万円の給料の実質的な価値は変わらないことになりますね。
私たちが生活しているときに意識する名目値が増減しても、本当に増えているかどうかは物価と比較しないと分かりません。名目金利10%でも物価上昇率が12%なら、預金した分だけ毎年2%損をします。また、給料が2倍になっても、物価が3倍になったら却って貧しくなってしまいます。
貨幣にまつわる幻「貨幣錯覚」
10%の金利で預金をしても損をする
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1969年、東京都生まれ。経済評論家。中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年、経済評論家・勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一名誉教授に師事し、薫陶を受ける。リフレ派の論客として、著書多数。テレビ、ラジオなどで活躍中
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