「過労死ライン超え」吹奏楽部の歪んだ音楽性。完璧を求めることの是非とは
学校という“閉鎖空間”で生まれる歪み
この言葉を受けて、イッサーリスは人生には音楽以外にも重要なことがあると語りかけるのです。
<本をたくさん読んで教養を身につけ、あらゆる芸術への評価眼を養って、幅広く文化的な素養をそなえることは、とてつもなく大きな満足とわくわくする高揚感を得られるのと同様に、重要だ。
なおかつ、言うまでもないが、自分の健康管理をしなきゃならないし、尽きることのない大自然の美しさを享受する必要がある。>(pp.68-69)
平日だけでなく、夏季、冬季の長期休みも部活動に支配されていたとしたら、恐ろしいことです。学生にとって大事なのは、抜きん出た吹奏楽部員になることではなく、総合的な人格を形成することなのですから。
ゆえに、授業と部活動だけで1日が終わる学生生活など、本来あってはならないのです。
そして学生ブラスバンド問題を複雑にしているのは、吹奏楽というジャンルの位置づけです。当然オーケストラではないし、軽音楽部でバンドを組むのでもない。どちらかと言えばクラシック音楽っぽい雰囲気だけど、そこまで伝統的な指導法があるわけでもない。なのに、妙な覚悟を要求される特別感を醸し出している。
こうして、学校という閉鎖空間にニッチな価値観が合わさると、“密室の秘技”が生まれる。そこに指導力を持つ“カリスマ顧問”や、先輩と後輩における前時代的な上下関係が入り込む余地が生まれてしまうのですね。
すると、そのコミュニティ内でしか通用しない「芸」が絶対化されてしまい、外部からの批判が届かないサークルを形成してしまう。
疑問を持つ気力すら奪われていたのではないか?
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