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『デフレの正体』の著者が解き明かす、インフレの正体

原発再稼働では電力を賄えない

―― エネルギー価格の高騰を受けて、日本では原発を再稼働すべきだという声が強くなっています。 藻谷 原発についてもきちんと実態を踏まえて議論する必要があります。まず前提として、東日本と西日本では周波数が異なるので、お互いに電力を融通できる量が限られています。西日本ではいくつかの原発が再稼働されていますが、その電気をそのまま東日本に送ることはできないのです。  それでは東日本の原発はどうなっているかと言うと、もともと東日本には20基以上の原発がありました。しかし東日本大震災の結果、福島にあった10基の原発はすべて廃炉となり、7基ある柏崎刈羽のうち5基も、度重なる地震で痛んで停まったままです。柏崎刈羽の残り2基と東海第二、女川、東通を全部再稼働させても基数は一桁ですから、東日本の電気を原発中心で賄うのは絵空事です。震災直後から明らかなことですが、新設の動きもありません。結局、日本は省エネと再生可能エネルギーでやっていくしかないのです。  この間、世界では再エネの活用が進んで発電コストが下がり、原発の発電コストよりも安くなりました。日本でも原発事故のあと、化石燃料の輸入額は増加しましたが、輸入量自体は減っています。世界に遅れつつも、やはり省エネと再生エネが進んでいるからです。  東北や九州では地熱発電が半世紀前から実用化されており、たとえば大分県では電力の3割以上を賄っています。しかし北海道を筆頭に、豊富な地熱を活かしていない場所がまだ無数にあります。地熱発電は地下1000m以上の高圧水蒸気を使うので、温泉には無関係なのですが、計画が持ち上がるたびに、「地熱発電をすると温泉が枯れる」というデマを撒く者が暗躍してきました。いいかげんにだまされるのはやめたらどうでしょうか。  もし日本が震災直後から再エネを進めていれば、現在のように石油価格が上昇しても、電気代は上がらず、国民生活が苦しくなることはなかったはずです。しかし、原発再稼働に異常にこだわる日本政府は、貴重な10年間を空費させてしまいました。

里山資本主義への転換を

―― 一刻も早いアベノミクスからの脱却が必要です。藻谷さんは以前から「里山資本主義」を提唱していますが、いまこそ里山資本主義へ転換すべきです。 藻谷 国債金利はほぼゼロなので、0.1%上がるだけでも国債の価格は大きく下落します。そうなると、膨大な国債を買い込んでいる日銀は、巨額の含み損を抱えてしまいます。だから金利上昇をなんとしても避けようとして、日銀は金融緩和をやめられないのです。  しかし、いずれ必ずこの後始末をしなければならないときが来ます。そのとき日本は大変なダメージを受けるでしょう。それをできるだけ小さく抑えるには、私たちの生活の中でお金に頼る部分を少しでも減らす必要があります。  資本主義はお金を儲ける主義だと、誰が決めたのでしょうか。資本とはそもそも、「循環再生して使えば利子がつくもの」のことで、利子も含めてお金とは限りません。農地という資本からは農産物という利子が、山林という資本からは水や木材や薪という利子が、人のつながりという資本からは物々交換や助け合いという利子が、地域についての情報という資本からはビジネスチャンスという利子が生まれます。こういうお金以外の資本と利子を重んじるのが、里山資本主義です。  里山資本主義もお金を稼いで使うことは否定しませんが、実際のところ、日本ではお金を持っていても金利がつきません。お金は必要なものを買う分だけ稼ぐことにしつつ、頼れる資本を、お金以外にも増やしていくことをお勧めしています。  すでにそうした試みは各地で行われています。たとえば、宮城県の気仙沼には、地場零細資本の飲食店や宿泊施設などでのみ利用できる気仙沼クルーカードというものがあります。お店側はこのカードの利用情報(これが資本)を分析して、顧客が何に関心を持っているかをリアルタイムで把握し(これが利子)、それを踏まえてサービスの変更など様々な工夫をしています。その結果、気仙沼クルーカードの加盟店は、コロナ禍でも売り上げを増やすことに成功しました。  社会にとっては、若い世代が資本です。そうしたヒトという資本の「循環再生」のためには、地方の役割がとても重要です。全国から若者が集まる東京都の出生率はわずか1.13ですから、ここに集まったヒトは循環再生されず、消費されていってしまうだけなのです。  地方と言えば「少子高齢化が進む」と括られがちですが、全国約1700の自治体のうち過疎地の数百の自治体では、もう年寄りの成り手も足りない状態で、70歳以上の人口が減り始めています。そのためこうした自治体では、福祉に使ってきたお金を子育て支援に振り向けられるようになっているのです。  東京の人全員とは言いませんが、このことに気づいた人が1%でも地方に移住すれば、人口は増えますし、彼らも豊かな生活を送ることができるはずです。日本政府はこうした動きを後押しするような政策を実施すべきだと思います。 (7月5日 聞き手・構成 中村友哉 初出:月刊日本8月号) もたにこうすけ●1964年、山口県生。日本総合研究所 主席研究員。。88年東京大学法学部卒、同年日本開発銀行(現、日本政策投資銀行)に入行、92年コロンビア大学経営大学院留学、2003年同行地域企画部参事役、07年日本政策投資銀行参事役。12年から現職。著書に『実測!ニッポンの地域力』(日本経済新聞出版社)
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2022年7月号

【特集1】アベノミクスの失敗に正面から向き合え
【特集2】日本を米中対立の戦場にするな!

【特別インタビュー】日本はどんどん戦争に近づいている/政治評論家 平野貞夫

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