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ウクライナがチェチェン独立を事実上の承認。ロシア大崩壊の予兆か

現在のチェチェン共和国は、ロシアにより一時的な占領状態にある

ゼレンスキー大統領の故郷クルィヴィーイ・リーフ市中心部。看板はチェチェンの初代大統領ジョハル・ドゥダーエフ。手前右がチェチェン亡命政権アフメド・ザカーエフ首相、左はチェチェン軍特別目的部隊トップのハジムラート・ズムソー。(Ichikeria newsより)

ゼレンスキー大統領の故郷クルィヴィーイ・リーフ市中心部。看板はチェチェンの初代大統領ジョハル・ドゥダーエフ。手前右がチェチェン亡命政権アフメド・ザカーエフ首相、左はチェチェン軍特別目的部隊トップのハジムラート・ズムソー。(Ichikeria newsより)

 この協定を受けて行われた8月4日の記者会見では、亡命政府のザカーエフ首相が意気込みを語っている。 「いまウクライナで起きていること、ウクライナの人々が体験していることを、チェチェン人ほど理解している民族は世界にいないと思う。今回ロシア軍が全面侵攻した2日後の2月26日、ブリュッセルにおいてヨーロッパ中のチェチェン人からなる軍事組織をつくってウクライナに派遣すると決定した。  その2日後、ゼレンスキー大統領は外国人義勇兵を正式に受け入れると表明し、われわれの活動が合法的なものになった」(趣旨)  ロシアがチェチェンに対して行った集団殺戮の事実を見れば、今現在殺戮を受けているウクライナについて深い共感を示すザカーエフ首相の言もうなずける。それだけに、ロシアと一体化してウクライナ侵略に参加する、カドゥイーロフ首長の私兵たちの頭と心の中を知りたくなる。  ともあれ、チェチェン部隊を正式に認めたのに続いて、10月18日のウクライナ最高会議では「チェチェン・イチケリアの主権を認める声明」が採択されたのである。  この声明は、独立したチェチェンの主権を確認し、ロシアによるチェチェン人大量虐殺を批判し、「現在のチェチェン共和国は、ロシアにより一時的な占領状態にある」と位置づけている。  実際、1991年にチェチェン共和国が主権宣言して以降、ソ連崩壊後のロシア連邦条約署名を拒否し、またチェチェン戦争においても降伏文書のたぐいは一切ない。独立状態のチェチェンをロシアが占領している状況だと言えるだろう。

チェチェンを皮切りに、ロシア国内の少数民族地域で分離独立運動!?

 ウクライナ高会議によるチェチェンの主権確認が「歴史的」だと冒頭で述べたのは、過去から現在までの両民族による抵抗の歴史を踏まえたものだが、さらには近未来を示唆しているともいえる。  最高会議がチェチェンの主権を確認した日、ウクライナ国防省のキリロ・ブダーノフ情報総局長は、「(ウクライナでの)戦争が終結すれば、一部の地域がロシアから分離するだろう」と指摘し、それはコーカサス地方から始まると述べた。  ロシア連邦南部の「コーカサス地方」と広い地域を指しているものの、そこに位置するチェチェンを意識していることは間違いない。  今回の議会での決定は、正式な国家承認のように公使館を開設するようなものではないが、チェチェンの独立を認めたも同然だ。  ウクライナ状勢次第(特にロシアの敗北)では、ロシア連邦の崩壊と混乱が起きる可能性がある。チェチェン分離独立の再燃が、その起爆剤になる可能性があるのだ。そして、それがモスクワの権力に反感を持つ多くの少数民族地域に飛び火することも十分に考えられる。  10年、20年後に振り返ってみた時、今回のウクライナ最高議会の採択が歴史のターニングポイントになるかもしれない。 文/林克明
ノンフィクション・ライター。週刊誌記者を経てフリーに。ロシア・チェチェン戦争を16回現地取材し『ロシア・チェチェン戦争の628日~ウクライナ侵攻の原点に迫る』(清談社パブリコ・第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞作品の増補改訂版)を上梓。ほかに『増補版プーチン政権の闇』(高文研)、『不当逮捕~築地警察交通取締まりの罠』(同時代社)など
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