元No.1キャバ嬢が日本酒で世界へ。未経験から結果を生み出す“人から応援される力”
猫のイラストが描かれた日本酒のボトル。東京都内のイベント会場で自社ブランド「UNO」の日本酒を販売する和田桃さんは、3年前まで日本酒の知識をほとんど持っていなかった。それが今では、石川県と長野県の酒蔵で製造した4種類の日本酒を、シンガポールや台湾、そしてアメリカ・カリフォルニア州でも販売している。
和田さんの前職は、キャバクラ嬢。在籍していた3店舗すべてでNo.1を獲得した実績を持つ。営業事務からキャバクラ、ライブ配信を経て日本酒事業へ。一見バラバラに見えるキャリアの根底には、一貫した「営業力」があった。(記事は全2回の1回目)
——18歳から営業事務をされていたそうですね。
和田桃:はい、約5年間勤めました。営業事務の部署にいたんですけど、実際に営業的なこともやっていて、すごく楽しかったんです。どちらかというと、営業のサポートより自分が営業に回るほうが向いていて。数字も出せたんですけど、その会社では女性社員はみんなサポート側に配置される方針だったんです。
——そこからなぜ夜の仕事を?
和田桃:たまたま知人の紹介で副業としてスナックで働かせていただいたときに、やっぱり自分が営業するのがすごく楽しくて。スナックからキャバクラに移ったら、そのお店でNo.1を取りたくなっちゃって。22歳で会社を辞めました。
——会社の上司の反応は?
和田桃:すごく心配されましたね。「キャバクラでNo.1になりたいから辞めたい」なんて言う人、いないと思うんですけど(笑)。でも、全部振り切りました。
=====
和田さんは3店舗で働き、すべての店舗でNo.1を獲得。最後の店では、入店2ヶ月目でトップに立った。当時、勤務していたエリアではトップクラスの売上を叩き出していた。
——No.1になれた秘訣は何だったのでしょうか。
和田桃:日々の記録をちゃんとつけていたことでしょうか。週に何人ぐらいお客様の指名をとるとか、いくら売り上げたいとか、目標や計画を立てていました。お客様からご馳走になったものも記録していて。
周りには、私みたいに細かく記録している人がいませんでした。でも、キャバクラに限らず、営業職としては当たり前のことだと思うんです。会社員時代にやっていたことを応用した感じですね。
——他に意識していたことは?
和田桃:メールやLINEの返信は、お客様の生活リズムに合わせることを徹底していました。自分がどんなに遅く帰宅しても、お客様が起きる時間には起きて、「おはよう」のメールを送る。お昼休みだろうなっていう時間に、また返事をする、みたいな。
——それは大変ですね。
和田桃:飲みすぎて具合悪いとか、もっと寝たいとかありますけど、ルーティンにしていました。お客様がどういう気持ちで会いに来てくれるのかを考えて、その時の心情に合わせた言葉をかける。それを続けていました。
=====
和田さんは客に対し、高額なお酒を積極的に勧めることはしなかった。それでもNo.1になるほど売上が大きかったのは、何度も通ってくれる客が多かったからだ。計画的なアプローチと細やかな気配り。会社員時代に培った営業スキルが、夜の世界でも開花した。

株式会社UNO代表取締役社長 和田桃さん
事務職からNo.1キャバ嬢になれたワケ

キャバ嬢時代の和田さん
「営業として当たり前のことを徹底した」

キャバ嬢時代の和田さん
1
2
ライター、JSA認定ソムリエ。前職では都内の外資系ホテルでソムリエとして勤務。レストランにて著名人・芸能人・富裕層などを接客した経験を持つ。現在はホテル、飲食ジャンルを中心に執筆活動を展開中。X(旧Twitter):@writer_sosk
記事一覧へ
記事一覧へ
【関連キーワードから記事を探す】
「何を言われても凹まない」元No.1キャバ嬢が知識ゼロから日本酒造りに挑戦。蔵元を動かした“常識のなさ”という武器
元No.1キャバ嬢が日本酒で世界へ。未経験から結果を生み出す“人から応援される力”
“普通のおじさん”なのに、なぜかキャバ嬢と付き合える男性に共通する5つの特徴
元セクシー女優が語る「夜職から抜けられない女性たち」の現実。深刻すぎる“世間とのズレ”とは
キャバ嬢と店外デート=お泊りもOK? 元キャバ嬢が“脈あり・脈なしサイン”を暴露
この記者は、他にもこんな記事を書いています




