海外で、海岸で起きたあまり気持ちよくはないお話【平山夢明】
― 週刊SPA!「平山夢明のどうかと思うが、ゾゾ怖い」 ―
知り合いで去年、南米のほうへ遊びに行った女の子がいたんですよ。とにかく安い旅行でひとり旅。女なのになかなか度胸のある奴なんですが、ブラジルから少し離れた小さな町のバラックに泊まった時なんですけどね。彼女曰わく<一泊八百円だから、凄く汚くて暗くて危ない感じがしたんだけど、それもイイかなと思って>と、もう農家の納屋みたいなところだったらしいんですけれど、とにかく安ければ安いだけ旅行できるという、まさに旅行鬼みたいな気分だったので、さしたる不安もなく入ったわけです。
で、偶然、相部屋にも人が居なくて彼女だけだったんですけれど、猫が一匹いて彼女に懐いて来るらしいんです。とにかく歩く度にまとわりつくようにスリスリスリスリしてくる。かといって手を伸ばすと人見知りなのか、逃げちゃう。とにかく猫のほうとしては彼女にスリスリがしたいだけで、別にそれ以上の関係は求めていないようだったんですね。で、彼女も棒っきれが女の皮を巻いてるような性格ですから、そのまま放っていた。
で、夜になって備え付けの薄暗いスタンドを点けて日記を書いていたら、やっぱり足下をスリスリしてくる。あんまりしつこいので<こら。駄目よ、邪魔しちゃ>なんつって一回ぐらいは良いだろうと抱き上げて膝に乗せたんだそうです。それで顔を見てみたら左目が真っ白になっていてなんか腫れてる。<どうしたの? 怪我したの? 痛そうだね>って、ちょっと触った途端にブチッて感じで眼球が破れてなかから蛆みたいなのが中身の液体と一緒にドロッと手についたそうなんですね。
<ホテルの人に聞いたら、その辺りに流行っている猫に寄生する蠅の一種なんだって。スリスリしてたのは、懐いてるんじゃなくて。ただ単に痒くてしかたがなかったからなのね。ちょっと驚いた>と云っていましたが、みなさん、お元気ですか? 平山です。
知り合いで警備会社でバイトしてたのがいたんですよね。ビートカーで巡回するんですけれど。で、夜は忙しいんだけれど昼間は暇だと。暇だからサボッちゃえと、ひと目につかない山の中に車を駐めてたんだそうです。で、どうせサボるなら酒だ、とふたりで飲んじゃった。ところが蚊が異常に多い場所でゆっくり休んでらんない。窓をしめきってクーラーを付けても駐まってると大して涼しくならない。そのうちに知り合いは車から逃げだして離れたところで休むことにしたそうなんですね。
で、小一時間経って戻ってみると相方が真っ黒になるほど蚊にたかられていたそうなんです。<それこそ本当に真っ黒で、思わず悲鳴をあげたんだ>。相方はふたりで飲む分をひとりで空けてしまって泥酔状態。ヤブ蚊の集団にやられているのに身動きひとつしなかったそうです。あまりの凄まじい光景に慌てて集っている蚊を叩くと。ずるりと滑る。腹がパンパンになるまで血を吸った蚊が掌で潰された分だけ破れて血の雑巾みたいになるんだそうで、気がついたら赤達磨になってたそうです。
<慌てて車を出して逃げたけれど、そいつ一週間ほどしたら敗血症みたいなので死んじゃった>と云ってましたね。ちょっとやそっとならいいんでしょうが、何万匹に集団でチューチューされると、さすがに人も死ぬんでしょうか。夜中に受験勉強をしていて後ろを振り向いたら赤い粒々が浮いていたので叩いたら、モロに血の色と臭いがして、それから三日ほど深夜になると白目を剝いた母親にドアを細めに開けたまま覗かれていたという知り合いよりは怖くないような気がしますけど。どうなんでしょうか? ほんと猫とイイ蚊とイイ母とイイ、どうかと思いますがゾゾ怖いもんです。
【平山夢明】
ひらやまゆめあき●’61年、神奈川県生まれ。’10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。前連載をまとめた『どうかと思うが、面白い』も、清野とおる画伯との特別対談やアメリカ旅行記付きで、小社より絶賛発売中!
<イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎>
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