雑学

春日武彦「自分だけが死ぬエイズやBSEのほうが、よっぽど恐ろしかった」

― 有名人が告白 震災で変わった「私の生き方」 【9】 ―

阪神大震災、オウム事件、9・11――。これらの出来事と今回の東日本大震災の一番の違いは“当事者感覚”の有無だろう。東京から明かりが消え、余震が続いたなか、人々は原発の情報収集に奔走したからだ。そんな状況を経て、各界著名人の価値観はどう変わったのか?

◆震災後のメンタリティを理解し、
矛盾する感情や不安とうまく付き合おう


春日武彦

精神科医、作家。著書に『老いへの不安 歳を取りそこねる人たち』(朝日新聞出版)、『臨床の詩学』(医学書院)など

春日武彦
かすが・たけひこ(精神科医)

 地震の瞬間、僕は自宅でシャワーを浴びていたのですが、特に恐怖や不安はありませんでしたね。被害といえば、CDが棚から飛び出し本の山が崩れたぐらいで、すごいことが起きているとは思いもしませんでした。

 被害の大きさが明らかになってきてからも、正直なところリアリティは全然ありません。ひとつの街が一瞬で消えるなんて衝撃的なことですが、例えば昨日まであった近所の建物が取り壊しで急になくなることは、いくらでもある。生々しい残酷な映像を見ていないせいか、そうした日常の延長で考えてしまうんですよね。

 それに、地震のようにみんなが一斉に死んでしまう出来事は、仕方がないとどこかで思ってるんです。僕にとっては、より身近で自分だけが死ぬエイズやBSE(狂牛病)が出現したときのほうが、よっぽど恐ろしかった。実際、病気や失業など個人に降りかかる災難のほうが、誰でも激しく心を揺さぶられると思うんです。

 ですから、被災地の惨状に悲しみを感じなかったとしても、「自分は冷酷だ」などと気にする必要はありません。想像が追いつかない事柄に感情移入できないのは、心理学的に普通のことなんです。

 ただ、精神科診療の現場では、まれにうつ病のようになってしまう人もいます。でもそれは、震災を自分が抱えている不安を表現するキッカケにしている気がするんですよね。第一、被災地外の人にとって、震災自体は乗り越えられないほどの苦しみじゃないと思うんです。それなのに、震災にもともとの不安を絡めてストーリーを作り、”PTSDで苦しむ私”を表現する患者さんは、ハッキリ言って面倒くさいですね。

 もちろん、誰しも震災後は多かれ少なかれメンタリティが変化するものなので、うまく対応しなければいけません。例えば、外食はしたいけど被災者のことを考えると……という具合に、”欲望と不謹慎”との間で悩んでいる人も多いと思います。でも、”無責任さと親切さ””絶望と希望”など、矛盾したものを同時に抱え込めるいい加減さは、人間の特徴であり強さです。無理して一貫性を持たせる必要はないのですから、自分が疲れないラインで自粛すれば問題ないと思います。

 また、買い占め批判や節電の強要に走る人もいますが、これはまさに人間の弱さ。自分が傷つかず逆襲もされない”正論”を振りかざすことで、抱えきれない不安を解消しているのです。攻撃された場合は大目にみてあげましょう。

 いずれにせよ、こうした非常事態は人間性が露呈しやすいもの。他人の考え方を観察するいい機会だと思い、人間関係を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

問題は、躁なんです 正常と異常のあいだ

読み進めることで読者の人間理解がより陰影に富んだものとなる




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