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心のエネルギーも小出しにするほうがいい(by香山リカさん)

巷に溢れるポジティブシンキングのススメ。確かに、前向きであることは悪いことではない。が、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉もあるわけで。各分野の知識人に“ポジティブ病”の原因と処方箋を伺った

◆精神科医が語る“ポジティブ”の危険

週刊SPA!2010年2月16日号

週刊SPA!2010年2月16日号では、香山氏責任編集で「30代男のしがみつかない生き方」を特集。話題を呼んだ

 かねてより、一元的な上昇志向ブームに疑問を投げかけてきた精神科医の香山リカ氏。中でも’09年に出した著書『しがみつかない生き方』では、「ふつうの幸せ」「努力しないという選択肢」を提唱し、発売後5か月で42万部のベストセラーになるという一大現象を起こした。あれから3年――。

「今思えば、『しがみつかない』と言えていたときは、まだ余裕があったように思います。そんなひどいことにはならないだろうという、根拠のない安心感があった。でも、そんなことも言ってられない状況になってしまいました。政治的にも、ちょうど3年前は『友愛』を掲げた民主党・鳩山政権ができた直後。そして今、それじゃダメだとばかり、『自助』『自立』を強調する自民党政権となった。もう、『ポジティブシンキング』や『成長』という言葉が、前向きな意味ではなく、頑張る以外に道がないといった、退路を断たれた切羽詰まった方法論になった気がします」

 さらなる高みを目指すのではなく、堕ちないため、現状維持のための努力。今どきのポジティブは土俵際の踏ん張りなのか。

「心理学用語で『投影』と言いますが、人間には自分の弱点を他者に見いだし攻撃することで自分を守ろうとする心の働きがあるんです。その意味でも、『いや、俺はこんなに頑張っている』『自立できる』と言う人は、もしかしたらギリギリなのかもしれません。今、ポジティブシンキングとか言う人は、昔のような高みを目指すエリートではないんでしょうね」

 そんな不安定な状況で、気持ちがゆらゆらと揺れているとき、「これが究極のビジネススキル!」などと喧伝されると、スッポリ、ハマってしまう人もいるわけで。

「脳の中で思い込みのスイッチが入りやすい人を、被暗示性が高いと言いますが、いわば、自分で自分をマインドコントロールしている状態。ひとつの価値観の中で生きてしまうから、人間の複雑さや多面性を認められなくなってしまう。人間って、矛盾している生き物ですよね。例えば普段頑張っている人でも、家ではどうしようもなくだらしなかったり。でも、例えば、頑張ることだけにハマってしまった人は、普通のコミュニケーションもできなくなる」

香山リカ氏

香山リカ氏「エネルギーはムダに放出せず、小出しにしていきましょう」

 こうなると、「24時間、楽屋裏がない」状態。そんなことが長く続くはずがない。

「どんなにポジティブに頑張っても、能力はすぐに上がるわけではないですし、いつかは破綻します。つまらないミスをしたり、仕事の量をこなせなくなる日もある。でもそうなったとしても、自己暗示下では失敗をも素直に認められなくなる。『そんなはずはない!』とムキになって言い訳したり、キレたり。そこで一度、すべてをリセットできればいいのですが、『うまくいかないのは、頑張りが足りないせいだ』とさらに頑張るという悪循環に陥ってしまう」

 本当に疲れきっているなかで、さらに頑張ってしまうと、燃え尽き症候群になりかねない。

「本当にこれ以上頑張れないという状況になる前に、必要なのはエネルギーの節約。こんな環境下だからこそ、ムダに放出せず、小出しにしたほうがいいんです」

【香山リカ氏】
1960年生まれ。精神科医、立教大学現代心理学部教授。『若者のホンネ』『嫉妬深い人ほど成功する』『シンプルに生きる』など著書多数。日刊SPA!にて、『人生よりサブカルが大事』不定期連載中

取材・文/田山奈津子 古澤誠一郎 港乃ヨーコ 鈴木靖子(本誌)
イラスト/坂川りえ
― 「ポジティブ」という病【8】 ―

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