更新日:2013年03月25日 09:10

【後編】プロ棋士が解説「第2回将棋電王戦」初戦で人間が勝てた理由

←前編 https://nikkan-spa.jp/409911
佐藤慎一四段,三浦弘行八段,塚田泰明九段

阿部光瑠四段の勝ちを確信し、並んでモニタを見つめる佐藤慎一四段、三浦弘行八段、塚田泰明九段(奥は屋敷伸之九段)。

 この「△6五桂」は、プロ的には「ひと目では無理攻め」とされる一手。普通なら攻めすぎて駒が足りなくなり、カウンターを食らって後手が負けるパターンだという。控え室にあらわれた、阿部健治郎五段、中村太地六段、第4局で副将を務める塚田泰明九段らも、プロ棋士側が優勢という見方で一致していた。 「きのうの練習対局でも、まさにこういう風に桂を跳ねてきましたね」(佐藤慎一四段)  この『第2回 将棋電王戦』で次鋒を務める佐藤慎一四段も、このように証言していた。ただし、相手はミスが極端に少ないコンピュータ。人間的には無理攻めでも、油断はできないところ。ニコニコ生放送で常時表示されていた「ボンクラーズ」(※)の評価関数の数値も、まだ後手の有利を示している。少なくともコンピュータは、この桂跳ねを無理だとは考えていないようだった。 ※ 第1回将棋電王戦で勝利した将棋ソフト。控え室に姿をあらわした開発者の伊藤英紀氏によれば、この日のニコニコ生放送で使用された「ボンクラーズ」は、米長邦雄永世棋聖に勝った古いバージョンではなく、ほぼ最新版の「Puella α」(『第2回 将棋電王戦』第4局に登場予定)と同じバージョンと言ってよいものだったという。  しかし、プロの直観とコンピュータが出力する数値に食い違いが見られたこの一手が、結果的には決定的な一手となった。このあとの控え室やニコニコ生放送で、プロ棋士が予想した展開が外れることは、ほとんどなかったのである。その一方で、「ボンクラーズ」の評価関数の数値が先手有利を示し始めたのは、34手目の△6五桂から、およそ30手もあとのことだった。  この間の阿部光瑠四段の指し回しは完璧なものだった。花粉症で鼻を真っ赤にしながらも、盤面では「習甦」の攻撃を余裕を持ってかわしつつ、プロらしく手堅く、冷静に有利を積み重ねていく。さらにはコンピュータ将棋ソフトでまれに見られる、少しでも自分が悪くなる局面を先延ばしにしようとする意味のない手(72手目の△4一金)まで飛び出し、大勢は決した。 「人間はよくやりますが、形勢が不利になったとき、その局面の最善手ではないけど悩ましいという『勝負手』を、コンピュータが指すことは難しいんです。そういうアルゴリズムを入れてみたり、いろんな実験は行われていますが、かえって勝率が下がってしまったり」(「GPS将棋」開発者・東京大学准教授 金子知適氏)  ちなみに、プロ棋士たちの予想が「ほとんど」外れなかったと書いたのは、最終盤でプロも「ボンクラーズ」も先手勝勢の空気のなか、阿部光瑠四段が93手目に放った▲3三歩が、大方のプロの予想以上に鮮やかな決め手だったからだ。 「ん? はっは〜。これは(指されてみれば)いい手ですね。道場のおじさんみたいですが(笑)」(阿久津主税七段@ニコ生解説)  18時32分、ニコニコ生放送に映しだされた「習甦」の画面上には、投了を示すウインドウが。『第2回 将棋電王戦』第1局は、阿部光瑠四段の勝ちとなった。終わってみれば、プロ棋士の意地と、阿部光瑠四段のきらめく才能と努力の片鱗がうかがえる、完勝と言っていい内容だった。 「盤の前に座れば将棋は将棋だなと。楽しく指せました。▲9五歩と突き越したのも、△6五桂と跳ねさせたのも、どちらも練習でうまくいった作戦だったので、どちらかが実現すればいいなと思っていました。花粉症とかアレルギーとか風邪とか全部やっちゃって。本音を言えば(体調管理ができなかった)自分にイラッとしていました。昼食は以前に吉田正和五段が、うな重とお寿司と、確かうどんも注文されていたのを見て(笑)。(コンピュータ側の指し手を務めた友人の)三浦孝介初段と一緒にいただきました」(阿部光瑠四段) 「いい棋譜を残したいと言いましたが、その意味では結果も内容も残念でした。なかなか準備でうまくいかないこともあったのですが、なんとか間に合って、このような対局に参加できたことはうれしく思います。ハードの構成は、Xeonの2687、8コア×2プロセッサの合計16コアで、メモリは16GBです。だいたい1秒間に千数百万手読むくらいです」(「習甦」開発者・竹内章氏)  記者会見後の取材で、阿部光瑠四段は、直近の練習では1日4時間の本番と同じ持ち時間で8連勝くらいできていて、ほぼ思い描いた通りの展開になってラッキーだったと笑顔で語っていた。おりしも米長邦雄永世棋聖の百日法要でもあったこの日。先手後手ともに「米長玉」と呼ばれる形が盤面にあらわれたことも含め、何かの思し召しだったのだろうか。 「阿部光瑠四段が完璧な指し回しで、心強い気持ちになりました。ただ、自分の将棋と阿部光瑠四段の将棋は違いますし、きょうみたいに圧勝できるとも思いませんので、(自分が対局する次の第2局は)ギリギリの勝負になるんじゃないかなと」(佐藤慎一四段) 「きょうは阿部光瑠四段の名局でした」(塚田泰明九段) 「準備もしっかりできていて、人間の勝ち方のお手本みたいな対局でしたね。ただ(あまりに見事すぎて)参考にはしないほうがいいかもしれません。ぜひ次の佐藤慎一四段もがんばってほしいですね」(『第2回 将棋電王戦』プロ棋士側大将・三浦弘行八段) 『第2回 将棋電王戦』第2局「佐藤慎一四段 vs ponanza」は3月30日。本局に負けず劣らずの熱戦・名局を期待したい。 <取材・文・撮影/坂本寛 撮影/林健太> ◆佐藤慎一四段 vs ponanza PV – ニコニコ動画:Q http://www.nicovideo.jp/watch/1363954072 ◆ 第2回将棋電王戦 特設ページ http://ex.nicovideo.jp/denousen2013/
おすすめ記事
ハッシュタグ