「話し方」の上達は「聞くこと」から【鴻上尚史】
新入社員とか新入生とかの季節です。私が社長のサードステージも、数年ぶりに新卒の社員を迎えました。
企業は、新入社員に対して「専門の知識」ではなく「コミュニケイション能力」を一番に重視しているんだというアンケートが公表されています。
あなたはコミュニケイションは得意ですか?この質問に、「はい!」と胸を張れる人は、よっぽど鈍感か勘違いしているか、だと思います。「僕は大学時代、百人以上いるサークル員をまとめ、リーダーとしてメンバーをぐいぐい引っ張っていきました」なんてことを、就職の面接のためではなく、本気で思っているとしたら、その人は間違いなく、コミュニケイションを勘違いしていると思います。ほとんどの人は、「コミュニケイションが苦手だ」と思っているはずです。それが当然の感覚だと思います。
ただし、この感覚をもうちょっと分析すると、コミュニケイションが苦手だと思っている人は、「面白い話ができない」とか「うまく言葉を返せない」と悩んでいるのだと感じます。
けれど、「コミュニケイションが苦手」なことと「面白い話ができないこと」とは何の関係もありません。
なぜなら、多くの人は、「面白い話を聞きたい」のではなく、「私の話を聞いて欲しい」と思っているからです。
つまり、「私の話をちゃんと聞いてくれる人」は、その人にとってコミュニケイションがしやすい人、コミュニケイションができる人、ということになるのです。
◆誰もが話しを聞いて欲しい。それに応じるだけでいい
それは、電車の中の高校生の会話や、友達同士の喫茶店のおしゃべりや、夜の酒場の上司と部下の仕事話を聞けば分かります。みんな、自分の話を聞いて欲しいのです。でも、誰もが自分の話をしたがりますから、誰も充分には自分の話ができないのです。
ですから、あなたが「コミュニケイションが上手な人」と思われるためには、じつは「面白いことを話す」必要はなく、「相手の話をじっくりと聞」けばいいのです。
夜の酒場では、年配の上司が若手社員にいろいろと話します。それは、じつは、年配社員のリハビリテーションで、癒されているのはアドバイスを受けている新入社員ではなく、説教している上司なんだと喝破したのは、心理学者の河合隼男氏でした。
「自分はコミュ障」だと悩んでいる若者は、みんな、「うまく話せない」と悩んでいます。うまく話す必要なんかないのです。ただ、あなたは、相手の話をうんうんと聞いてあげればいいのです。
もちろん、あくびしたり退屈な顔をして聞いてはいけません。「コミュニケイションが上手」と思われるためには、ちゃんと相手と向かい合って、腕組みをせず、丹田と呼ばれるおヘソの指四本分下の部分を相手に向けて聞くことが大切なのです。
「まさか」とか「うそ」とか「えー」とか、否定的なうなづきやコメントを入れてはいけません。「ほお」「すごい」「なるほど」とポジティブなコメントで聞くのです。
アドバイスを求められても、たいてい、話す人は自分なりの結論を内心、もう出しています。ただ、相手に確認したいだけなのです。そのために必要なのは、有益なアドバイスではなく、真剣に聞いてくれる人です。真剣に聞いてくれれば、真剣に話すことができ、真剣に話すことができたら、真剣に考えをまとめることができるのです。
「コミュ障」だと言いながら、自分の話をしたくてたまらない人が、たまにいます。そういう人は苦労するだろうなあと僕は思います。
いろんな人の話をじっくりと聞くと、「こんな風に話せばいいんだ」とか「こんな話し方をしてはいけないんだ」と学習することができます。知らず知らずに、うまく話す技術を学ぶことができるのです。
じっと相手の話を聞くだけで、コミュニケイションが上手だと思われ、知らず知らずに話し方のスキルを蓄積することができるのです。
というようなことを、『コミュニケイションのレッスン』というタイトルの本にまとめました。大和書房から5月に出版します。おかげさまで長く愛されている『孤独と不安のレッスン』のシリーズ第二弾です。よろしければ。 <文/鴻上尚史>
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