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参院選を前に“漂流”する日本維新の会――ノンフィクションライター・田崎健太氏が語る

日本維新の会の政治資金パーティー

6月6日におこなわれた日本維新の会の政治資金パーティー。全国から参院選の候補者も集まった

 先週6月6日、日本維新の会は今月23日投開票の東京都議選と7月の参院選を前に、東京では「初」となる政治資金パーティーを開催した。

 共同代表を務める橋下徹大阪市長の「従軍慰安婦発言」により支持率急落の憂き目にあったものの、この2日前にアントニオ猪木氏が比例代表で電撃出馬することが判明。ジリ貧ムードが広がるなか、それなりの集票が期待できる有力な同志が加わったこともあってか、会場は熱気に包まれた。

 だが、アベノミクス効果で支持率が高止まりしたままの与党・自民党に対して、本来ならば「非自民」の大同団結を促す旗振り役を担わなければならなかったはずの維新が半ば“自爆”したことで、現時点での下馬評は「自民圧勝」の声が圧倒的。ここにきて支持率を盛り返してきた民主党と比べても、明らかに分が悪い状況だ。

 橋下劇場の“第二幕”さながら、箱根の山を越え国政に殴り込みをかけた昨年末の勢いがウソのようだが、この本を読むと、なぜ維新という政党がここにきて息詰まっているのかがわかるような気がする。現在話題となっている『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナ)には、冒頭こんな記述がある。

――選挙の公示まで一週間を切って、候補者を決めたとしてもポスター製作も間に合わないだろう。片付けるべき仕事の優先順位が滅茶苦茶だった。(中略)総選挙に入る前から、すでに国政政党・日本維新の会の党本部としての機能が破綻していた。これからもっと混沌とした状況になるだろう。暗澹たる思いで中田(宏衆院議員 ※編集部註)は座席に身を埋めた。今の日本の態勢は疲弊し、腐食している。これを「グレートリセット」しなければ沈んでいくばかりだ。橋下たちのこの考えに賛同したからこそ、中田は行動を共にする決意をした。しかし、その思いはしっかりと噛み合って前に進んでいるとはいえなかった。今の日本維新の会は、大海に漕ぎだした小舟が荒波の谷間で漂っているかのようだった。(第一章12頁)

 昨年暮れの総選挙前、蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた維新の内幕から始まるこの本は、橋下氏をはじめ、維新国政進出の立役者たちの生の声で溢れている。

 現在、維新の会の国会議員団政調会長代理を務める元横浜市長の中田宏衆院議員は、「地方の反乱」と騒がれた‘09年以降、大阪市の特別顧問を務めるなど、橋下氏に近い存在として知られるが、本書はその橋下氏の盟友と目されてきた中田氏の目を通じ描かれている点が多いのも興味深い。著者のノンフィクションライター・田崎健太氏が話す。

「私が中田氏に会ったのは10年以上前なのですが、松下政経塾出身で若く野心的、そしてクリーンなイメージでしたね。正直なところ、その頃はまったく興味の範疇になかった。ノンフィクションライターとして興味を持ち始めたのは、’10年の8月頃。中田氏が公約通り横浜市長を2期で辞め、日本創新党という新党を立ち上げた末、参院選に落選した後のことです。中田氏の創新党はまったく知名度が広がらず、実質的な負け戦に敢えて挑んでいった印象でした。政治家というのは当選にこだわるものなのに、この人はどうしてわざわざ新党を立ち上げて、勝ち目のない選挙をするんだろうと見ていました。ただ、取材対象を選ぶときの勘というんでしょうか。彼は完全に終わっている政治家に見えなかったんです。そこで、復活するのを見届けるのも面白いかなと興味を持った。僕は以前週刊誌をつくっていたのですが、メディアは商売柄、旬の人間を掴まえたがる。ただ、旬の人間は競合も多いし、時の人であればあるほど本音を明かさない。ならば、絶頂期ではなく、公人という立場でなく落選中の“ただの人”の立場で話を聞くのもひとつの手だろうと考えたんです」

 ちょうどその頃、週刊誌では中田氏に対する大掛かりなネガティブキャンぺーンが張られていた。スキャンダルに塗れた若きエリート市長……そんなダーティーなイメージを垂れ流された中田氏は、横浜市長辞職後、すべての中傷記事に対して「事実無根」であったことを裁判の場で明らかにしている。

 奇しくも『維新漂流』の中には、昨年の総選挙直前、中田氏のスキャンダルを同志としてと前置きした橋下氏が直接問いただすシーンも出てくるが、このほかにも2人だけの密室で交わした鬼気迫るやり取りや、ランチミーティングの際、小さい頃から「チキンラーメン」に目がないと笑う橋下氏の等身大の姿も随所に綴られており、維新国政進出の大きなうねりのなかで、中田・橋下両氏が共に惹かれあい、切磋琢磨していく過程がつぶさに描かれているのだ。田崎が続ける。

「中田氏は橋下氏に対して、初めから全面的に信頼していなかった。ただ、彼らが交わることは互いにメリットがあった。中田氏は志は高いが、きれいごとと捉えられがちところもある。政治はやはり勝たなきゃ意味がないにもかかわらず、そう言い切れない弱さを孕んでいた。一方、橋下氏にはアイデアはあるが、圧倒的に経験が足りなかった。公務員組織の中に入り、どう戦って改革を進めていくのか……大阪で橋下氏が改革に手を着ける遥か前に、すでに中田氏は横浜市長として改革を成し遂げた経験を持っていた。ただ、中田氏は橋下氏の政治家としての感覚を高く評価しながらも、皮膚感覚として相容れないものがあったようでした。橋下氏の評価が難しいのは、政治家としての評価とは別に、人間としての好き嫌いがある。彼の人間的な魅力に大阪の人間は惹かれるが、関東の人間は必ずしも好きではない。中田氏は横浜出身ですし、橋下氏の大阪的な体質に違和感があったのは事実。それが大阪市特別顧問に就任した頃から、急速に変わっていった。というのは、人間性の部分はこの際さておき、これまで自民党や民主党が変えようとして何も動かなかったことを、橋下氏はドラスティックに変えようとしていたから。もちろん未だに中田氏は橋下氏の人間性については、苦笑するところもあると思う。けれど、政治家として日本をよくしていこう、という信念に本物を見たのでしょうね」

⇒【後編】へ続く「維新の会は政党組織の体をなしてない!?」
http://nikkan-spa.jp/457197


<取材・文/山崎元(本誌)>

維新漂流 中田宏は何を見たのか

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