才女の文学系ミュージシャン・黒木渚と神田神保町を行く
「大学院ではポストモダン文学を研究していて、将来は大学教授になろうと思っていたんですよ。『だって、研究費で好きな本を買えるんだもん』なんて思っていて(笑)」
小説を書いたり、読書が好きだと公言するミュージシャンは数多いが、ここまで本格的に文学を研究していた人は珍しいのではないだろうか? ソロシンガーの黒木渚さんは、ステージの上でこそギターをかき鳴らし、激しいパフォーマンスを見せるロッカーだが、普段の生活では「本じゃなくても文字が書いてあればいいんですよ。家に読んでいない本がなくなって家電製品のマニュアルを読み込んでいたこともありましたね(笑)」というほどの活字中毒。
そこで、昨年2月に福岡県から上京して以来、多忙な日々を送っている彼女が「行ってみたかった」という神田神保町の古書店街を一緒に回り、気になる本を3冊選んでもらいながら、黒木渚さんの読書遍歴を聞いてみた。
神田神保町は180店ほどの古書店が点在する、言わずと知れた日本随一の古書店街。当日は雨上がりの平日で、人通りも少なかったが、黒木さんに神保町に対するイメージを聞くと、さっそくこんな話が飛び出した。
「学生時代にどうしても欲しかった古本があったんです。『女のかたち』(著/吉行淳之介、イラスト/米倉斉加年/1975年刊)という本で、男の人から見た女性の体――例えば足についてのフェチズムみたいなことを書いている本です。文庫本は持っていたんですけど、挿画が綺麗だったので親本で持っておきたくて。でも、福岡県では見つからなくて、ネットで検索したら神保町の古書店にあるってわかったんですけど、その店では取り寄せをしていなかったんです。それで、『神保町に行く』って言っていた知り合いの大学教授に『買ってきてください』ってお願いしたんですけど、結局、見つけられなくて……」
ちなみに黒木さんの最新アルバム『標本箱』は「女」をテーマにしたコンセプトアルバム。新曲を一気呵成に作っているときに女性に関する歌ばかりができて、「あ、私、女というテーマに向かっていこうとしているんだな」と確信したというが、学生時代からその片鱗はあったということだろうか。
さて、まず神田の街を少しブラついてから、なんとなく気になった古書店に入店。さっそく、真剣に本を選び出す黒木さん。さすが本好きなだけのことはある。しばらくしたのち、「まず、これを買います」と黒木さんが手にしていたのは、『仮面 そのパワーとメッセージ』(佐原真監修、勝又洋子編、2002年刊)という、比較的に最近に刊行された本。この本を購入した理由を聞いてみると……。
「シンプルなタイトルが気になったのと、『仮面』というものに現代社会に共通するものがあるんじゃないかという気がして。開いてみたら『人々がなぜ仮面という文化をつくり出してきたのか』という意外と民俗学みたいな本だったので、これを読んだら『仮面』っていう曲が書けるような気がしたんですよね(笑)」
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今は曲作りをしているので、本の印象的なフレーズからヒントを得たり、小説からイメージを膨らませてことも多いという。本には書き込んだり、ラインを引いたり、付箋を貼ったりしながら読むタイプなので、紙の本じゃないとダメなのだそうだ。
さて、一行は古書店巡りを再開。写真集やスポーツ、鉄道などのマニアックな専門店に迷い込んだりしながらも、「幻想文学」と看板に書かれていた店を発見! なぜ我々が「幻想文学」という言葉に強く反応したのかといえば、このジャンルは黒木さんの大好物だと知っていたからだ。中高生のときに軍隊生活のような厳しい寮生活を送っていた黒木さんは、図書館で江戸川乱歩などの小説を見つけてはその耽美な世界に浸っていたのである。ということで、さっそく入店。
ここでもじっくりと本を選ぶ黒木さん。何冊も吟味したのち、「うわー、どれにしようかな。でも、この『特集 吸血鬼の深層心理』っていうのがすごく気になるんですけど」と言いながら『オカルト時代 1997年3月号』(みのり書房)という雑誌を購入。みのり書房と言えばアニメ雑誌の『OUT』が有名なサブカル系の出版社だったイメージがあるが、この雑誌は完全に『ムー』的な世界が展開されている。
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「あ、『アマゾンの半魚人』ですって。こういうのも好きなんですよね。中学時代はミイラが好きで、ミイラの本ばっかり読んでいたし。『吸血鬼の深層心理』って、吸血鬼自身の深層心理が書いてあるんですかね、それとも、吸血鬼という物語を生み出した歴史みたいなことが書いてあるのかな」と、興味津々。なんでも、中学生時代はツチノコに夢中になったりもしていたとか。
「オカルトの世界は好きなんですけど、私は面白がるほうで。でも、大学時代にはそういうものを信じている人もいましたね(笑)。『友達が宇宙人と付き合っているんだ』って言い出すスタジオマンとか。なんでも、宇宙人は水を大量に使うらしいですよ。庭を水でビタビタに浸さないとマザーシップと交信できないそうです(笑)」
そんな話を聞きながら、最後に江戸時代などの古文書を専門に扱っている古書店へ入ってみることに。なかなかお高い本が並んでいるが、比較的お安い3700円という値段で、『女子消息文』(著/下田歌子、1931年刊)と毛筆で題字が書かれた本を発見。
「なんだろう? 女子の消息について書かれているんですかね?」ということで、3冊目はこの本に決定!
書店を出て本を開いてみると、草書体の達筆で文章が書かれていて「読めない(笑)」というわかりきっていた展開に。ただ、調べてみると「消息文」とは手紙のことだそうで、どうやら「新年の挨拶」「手料理をして人を招く」など、手紙を書くときのお手本の本のようだ。和綴じ本だが、刊行も昭和6年となっていて、昭和初期でもこういう本が売られていたんだな、と当時の出版事情にまるで詳しくない一行は感心しきり。ちなみに定価は75銭ということだが、どれぐらいの価値なのかもわからない。奥付を見ると、昭和6年の2月に刊行された本のようだが、この本は8月発行の三刷となっている。
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「ベストセラーだったんですかね(笑)。みんな、そんなに手紙を書いていたんだ。まあ、当時は手紙文化ですよね、メールも当然ないわけですし。恋文とかないのかな。人の恋文は気になる……」とこれまた興味津々の黒木さんであった。
⇒黒木渚ロングインタビュー「将来は大学教授になろうと思っていた」に続く https://nikkan-spa.jp/623809
●『革命』(ショートバージョン)
⇒【動画】http://www.youtube.com/watch?v=BbTQt3URwZQ
<取材・文/織田曜一郎(本誌) 撮影/難波雄史(本誌)>
<取材・文/織田曜一郎(本誌) 撮影/難波雄史(本誌)>
『標本箱』 11人の女性が登場する「女」をテーマにしたコンセプトアルバム |
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