ミュージシャンが小説に初挑戦! 岸田戯曲賞作家も驚いた書き込み具合とは?【黒木渚×松井周対談】
http://www.kurokinagisa.jp/jiyuritsu/
●松井周 作・演出・出演『離陸』
東京公演2015年10月8日~18日 早稲田小劇場どらま館
詳しくは公式HPへ⇒http://samplenet.org/2015/06/05/16_takeoff/
文/黒田知道
登場人物たちと壁にかけられた鹿の剥製との不思議な対話から、壮大な物語を紡ぐ連作小説『鹿の壁』。340ページにも及ぶこの独特な世界観を、処女作にして見事に描ききったのが、大学院でポストモダン文学を研究していた文学系ミュージシャンの黒木渚だ。
「膨大な文学からのインプットを音楽にアウトプットしていましたが、もし文学にアウトプットするとどうなるんだろうという興味がずっとあって。ファンから小説を読んでみたいという声もいただいていましたし、新しい表現の場を作るために、『壁の鹿』を書くことにしました」
新曲の作詞や作曲、ライブ活動などで多忙な生活を送るなか、寝る間を惜しんで行われた執筆活動。長年慣れ親しんだ文学への挑戦とはいえ、文学へのアウトプットは、「血尿が出た」と語るほど過酷なものであった。
そんな小説の完成を、協力者という立場で見守り続けた劇作家がいた。彼の名前は松井周。2007年に劇団サンプルを結成し、2011年には『自慢の息子』で“演劇界の芥川賞”の異名を持つ“岸田國士戯曲賞”を受賞。劇作家としてだけではなく、俳優、演出家としても活躍している。
ふたりはどのようにして出会い、『壁の鹿』を作り上げるなかで、お互いにどのような刺激を受けたのか。ふたりへのインタビューを通して紐解いていく。
◆ミュージシャンと劇作家の出会い
――まずはお2人がどのように出会ったのか教えてください。
松井:知り合いの編集者に、「小説を書こうとしているミュージシャンがいる」と教えてもらい、黒木さんのライブに連れていってもらったんです。そのライブで、ものすごくパワーのある人だなと思って。それで、黒木さんがどんな小説を書くのか興味がわいて、作品を読ませてもらったんです。
――作品を読んで、アドバイスを送られたと。
松井:アドバイスというほど大げさなものではないのですが(苦笑)、黒木さんの作品は最初から世界ができあがっていたので、読んだ感想をお伝えして、ストーリーがスムーズに繋がっていくための助言を行いました。
黒木:松井さんの助言はすごく的確で。大幅に書き直すのではなく、読点を入れる場所を変えたり、セリフの頭に「うん」、「そう」を入れたりするだけで、登場人物たちの会話がより円滑になるんですよ。一呼吸なのにすごいなって。
――松井さんは劇作家だけではなく、演出家としても活躍されています。黒木さんの小説には、どのような視点で助言していたのでしょうか?
松井:今思うと、黒木さんにはもっと文章で遊んでほしいと考えていた気がします。そういう意味では、演出をしていたのかな。演出家は、俳優にやる気を出してもらうのが仕事のひとつなので。
黒木:松井さんには、ものすごく感謝していますが、とんでもない人にお願いしちゃったなという思いもあって(苦笑)。
松井:そうなんですか?(笑)。
黒木:松井さんが書いた『アガルタ』(文藝2015年春季号に掲載)を読んで、打ちひしがれたんです。めちゃくちゃな世界観なのに、会話がとても自然で……。
松井:『アガルタ』はあまりにも異常な世界だったので、会話を分かりやすくしたんですよ。
――排泄物から作られたドラッグで、日本がだんだんおかしくなっていくという『アガルタ』のダークな部分は、『壁の鹿』に通じるところがありますね。
黒木:もともと江戸川乱歩の作品を愛読していたこともあって、好きか嫌いかで言うと、大好きな部類です(笑)。理解されないことを歌うのはナンセンスだと思うので、音楽ではそういった部分を出しませんでしたが、音楽以外のジャンルに挑戦できるときに同じ目標だとおもしろくないと思って。小説で私のダークな部分が爆発しちゃったのかもしれません。
◆世界の異なる2人の意外な共通点
――松井さんは『壁の鹿』を読んで、どのように感じましたか?
松井:最初に思ったのが、語彙が豊富で、どこまでもディテールを書きたい人なんだなと思いました。例えば、物語の冒頭に出てくる鮭の皮をはがすシーン。「そこまでこだわるんだ!」と驚くような書き込みで。あとは、「体中の皮膚が粟立つのを感じた」とか、言い回しが古風だなって。無理やり使っているのではなくて、自然な形で登場するので、この表現じゃないとダメなんだという強い気持ちを感じましたね。
黒木:私、音楽の歌詞は引き算の考え方で作詞しますが、小説はもっと膨らませないといけないという思いがあって。それでつい、ディテールにもこだわってしまうんです。
松井:とくに第1話はギチギチにつまっていましたよね。どれくらいのペースで書き上げたんですか?
黒木:第1話は20日くらいで書きましたが、そこに時間をかけすぎちゃって。第2話を2日で書くことになっちゃったんです(苦笑)。ただ、第2話は結婚詐欺師の男が主人公で、騙し騙されたり、恋愛のエロいシーンを書いたりするのが楽しくて。第2話を2日でかけたのは大きな自信になりましたが、第3話での恋愛体質な女のコの話は悩みに悩んで、最後は暴走しちゃいました(笑)。
松井:第3話の暴走は本当にすごかった(笑)。こんなにもどろどろしたものを書く人だったんだって。
――第3話で、黒木さんのスイッチが入った感じでしたよね。
黒木:そうですね。死なないはずの人が死んじゃったりして。
松井:「心を再生させるには、死ななきゃいけない」って話になってね。
――第5話の「夢路」というエピソードも、文章がドライブしていてすごいなと感じました。音が聴こえてくるというか、これぞ音楽家が書く文章なんだなって。
黒木:「夢路」のエピソードは、気分が悪くなるくらい集中して勢いで書き上げました。ただ、倫理的にアウトなところもあって、だんだん何が普通で、何が普通でないのか分からなくなってくるんですよね。
松井:勢いで書いたのがよかったんじゃないかな。「猿を殺して射精しちまったのか」とか、このエピソードに登場するセリフはとにかくすごい。方言での会話もすごくスムーズで、よりリアルに迫ってくるというか。それと、死に際の人間の意思を書き込んでいるんだけど、こっちにもやばさが伝わってきて、黒木さんとは別の意味で気分が悪くなってくる(笑)。
黒木:でも、松井さんの『アガルタ』を読んだとき、「この人も相当だな」と思いましたよ(笑)。逆にここまでしていいんだという安心感はありました。
松井:僕は、ここまでものを書いてくるなら負けられないなって。人が死んでいくときの皮膚感覚と言うのは、文章で書くのが難しいんです。とくに、殺人のシーンでは想像力にブレーキをかけてしまいやすいんですが、黒木さんはブレーキをかけていない感じがしてすごくドキドキしました。
――確かに、第5話は鬼気迫るものを感じました。
松井:僕は以前、師匠の平田オリザ(劇作家、演出家)さんに、「おまえは表現者になっていなかったら、殺人者か犯罪者になっていた」と言われたことがあって。
黒木:お互い犯罪者にならなくてよかったですね(笑)。
松井:本当に(笑)。ですから、もんもんとしている人たちに演劇や小説を通して、こっそり手紙を書いている感覚があって。我々で表現者になれば大丈夫だよって伝えていきましょう。
黒木:そうですね。産みの痛みを忘れることができたので(笑)、小説は今後も書いていきたいと思います。
◆アルバムと演劇での新たなチャレンジ
――小説を書いた経験が、曲作りに活かされているなと思うことはありますか?
黒木:めちゃくちゃありますね。例えば、ニューアルバムの『自由律』に収録した「白夜」という曲は、ただひたすらに音楽的な快楽を追っているんです。小説で構成や時系列をきっちりやったので、音楽は楽しくやらせてくれという思いがあって。
――『自由律』にはどのようなテーマが込められているのでしょうか?
黒木:『自由律』には、黒木渚の美学やルールといった定型を壊すというテーマがあって。ちょっと窮屈になり始めた時期だったので、小説を書いてみたりしたのですが、音楽でも定型を壊していかないと、いつか限界がきちゃうなって。
――新曲が多いのも、その意思の強さが伝わってきます。
黒木:「虎視眈々と淡々と」や「君が私をダメにする」以外に収録したい曲もあったんですが、悩めば悩むほど、すべての曲を入れたくなっちゃって。新曲が少ないと悲しむかなと言う思いもあって、今回は新曲の数を増やしました。
――黒木さんと同様に、松井さんも演劇で新たなチャレンジをしているそうですね。
松井:僕が手掛ける劇作は、黒木さんが描く作品と似ていて、とにかく情報量が多いんですね。1つの作品のなかにテーマをたくさん入れて、とにかく大きな世界を作りたいんですが、今回はそれをやめてシンプルな舞台にしようと。
――それが、松井さん自身が出演されている劇団サンプルの新作『離陸』ですか?
松井:はい。夏目漱石の『行人』のシチュエーションを借りていて、作中には兄夫婦と弟の3人しか登場しません。この3人は、同じ家に住んでいるんですが、妻への不信感から、兄が弟に妻と2人きりで一泊してきてほしいとお願いするんですね。それで兄が疑心暗鬼になり、どんどん狂っていくんです。
黒木:めちゃくちゃおもしろそうですね。
――その兄をダンサーとしてあの伊藤キムさんが演じられると聞いて驚きました。
松井:伊藤さんは世界的なダンサーですが、本格的に俳優をやるのは今回が初めてなので、伊藤さんの演技やパフォーマンスにも注目してほしいですね。
――今回は小説という活字の世界についてお話を聞いてきましたが、お二人とも舞台の上で生のお客さんを相手にする表現者が本業ですよね。いいライブやいいお芝居ができたなというのは、どういうときに感じるのか教えてください。
黒木:ライブで自分が楽しみすぎてしまうと、自分のためのオナニーみたいなライブになっちゃって、お客さんのことを無視していると思うんですね。でも、黒木渚というミュージシャンは、必ずお客さんの先頭に立っていないとダメだと思っていて。お客さんが強い黒木渚を見ることができて、自分の記憶がぶっ飛んじゃうぐらい集中している気持ちよさを体験できたライブが、いいライブなんだと思います。
松井:いい芝居もまったく同じですよ。ある程度客観的に誰かに感情移入したり、誰かに思いを託したりする時間があるんじゃないかなって思うんですよ。でも一方で、客観的になりすぎてしまうと、自分が熱狂的な現場からどんどん離れていってしまって、結局はお客さんを連れていけないんじゃないかなって。その感覚が無意識になっているときと、意識が戻ってきたときで、いい波で交互にきているときがいい芝居であったり、いいライブだったりするんじゃないかなと思います。
●黒木渚 2nd Full Album『自由律』
2015年10月7日リリース。限定盤Aには、『鹿の壁』の単行本が同梱される。
詳しくは公式HPへ⇒ハッシュタグ