黒木渚が病を経て得た「開き直る力」――復帰ライブのテーマは「過去の声の葬式」だった
黒木渚が帰ってきた。2016年8月に咽頭ジストニア(喉の筋肉のコントロールに障害が生じる病気)のため音楽活動の休止を発表してから1年。2017年9月に東京、10月に福岡、さらに12月には追加公演として大阪と名古屋でワンマンライブ“音楽の乱”を開催した。そこで見せた復活のイメージは鮮烈だった。かつて気高く勇ましく観客をグイグイ引っ張っていた彼女は病を通じて自身の声ととことん向き合った末、大きなものを手に入れた。ようやく復活公演が終わった今、公演で大きな役割を果たしたダンサー・伊藤キム氏とのコラボレーションで、彼女は何を表現したのか? そして、新たな楽曲、ライブ、さらには新曲で黒木渚は何を表現しようとしているのか? 存分に語りつくしてもらった。
――ツアーおつかれさまでした。もう4か月も前になりますが、東京の初日(2017年9月24日、TSUTAYA O-EAST)を拝見して、ずっとお客さんやまわりの人たちを引っ張る意識でやってきた黒木渚が、初めて委ねることをしたライブだと思って、その大きな変化にとても感動しました。やはり喉の病気は大きかったと思うんですが……。
渚:大きかったですよ。2016年の4月8日か9日ごろにすごい違和感があって、23日からツアー(『ふざけんな世界、ふざけろよ』ツアー)が始まったんですけど、そのころにはもう完全にヤバかったんです。ツアーはとにかくやり切って、終わったらちゃんと診てもらおう、みたいな話になって。咽頭ジストニアという病気を知らなかったので、初めは見当違いの治療をしちゃったりもしたんですけど、医療難民状態でさまよううちに、ジストニアの権威みたいな先生とたまたま出会って発覚しました。
――それが2016年の夏ですね。
渚:ROCK IN JAPAN FES(2016年8月14日)の後ですね、発表したのは。8月6日に徳島の祭(“石井町ふじっこちゃん夏祭り”)に出たとき、これはもうアウトだって話になったんです。もう喉の違和感全開で、お弁当を飲み込むのも大変みたいな。それで月末に予定していたビルボードライブでのワンマンをキャンセルしたんですけど、「一回休まないと治りません」ってお医者さんに言われたんです。わたし自身は誰かが休めって言うまでやるつもりでした。みんな待ってくれているし、予定は決まっているし、もう止まれない。だから休むことは頭になくて、年内いっぱい声が出たらいいな、くらいに思っていました。
――休養期間の精神状態は? 普通に考えてものすごく落ち込んだと思うんですが。
渚:しばらくは喪中みたいでした。そこからちょっと元気が出てきて、今度は怒り。なんなんだよ、なんでこんなことになるんだよ、みたいな。グレるって宣言して酒も飲んだし。でもその一方で地道にトレーニングには行っているんですよね。グレたい自分と優等生な自分が乖離しているんですよ。そうして徐々に受け入れる準備ができていったんですけど、自分の力ではなかったと思います。サポートメンバーがすごく熱心に遊びに誘ってくれたこととか。集まってみんなでワイワイ面白い話をするんですけど、誰もいっさい音楽の話をしないんです。でも、俺たちは音楽がなくても離れていかないよ、みたいな雰囲気があって。音楽ができたらもっと楽しいな、早く戻りたいな、みたいなことも思ったし、やっぱり歌うことは最高だから、あそこに戻りたいというか、一度味わったあの気持ちよさをまた味わえずに死ぬのはイヤだ、みたいな気持ちが上回ってきたというか。そうなると今度はどこで納得するかという話になってきて、前と同じ感覚で歌えないことは、そういうものとして受け入れるという段階に入って、そこからはすんなり安定していきましたね。最初は3か月で戻るつもりで、1年も休むことになるなんて本当に思っていなかったんですよ。
――復帰を決めたときは「いける」という目処は立っていた?
渚:正直、見切り発車的なところもありました。なので、かつて持っていた、人前で歌を歌ってお金をもらう人の大前提みたいなところを守ったままでは進めない。昔のようには得点を取れないということをどうしても認めなきゃダメで。そういうときに伊藤キムさんの存在を思い出したんです。眼帯をつけたダンサーさんで、そのたたずまいに強く魅せられました。お手本になる人のような気がしたんですよね。次に人前に出るときには誰かの才能を借りなくちゃダメ、ということははっきりしていたから。
【インフォメーション】
2月6日に配信EP「砂の城」と3作目の小説『鉄塔おじさん』を同時に発表し、24日には東京・昭和女子大学人見記念講堂でライブ『~幻想童話~砂の城』を開催する。
『鉄塔おじさん』 町役場で窓口対応として働く公務員の女性が、ひょんなことから巻き込まれる騒動を期に自分と深く向き合い成長していく姿を描いた長編小説 |
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