突然変異の怪物レスラー、ゴールドバーグ――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第303回(1998年編)
久しぶりに出現した典型的な怪物レスラーだった。WWEのライバル団体WCWのいちばん新しい主人公として、毎週月曜夜のプライムタイムに必ずテレビの画面に映っていた。いきなり現れて、バタバタバタッと勝って、“ガォーッ”と叫んで、さっさと帰る。
ドレッシングルームを出て、バックステージをのしのしと歩き、入場ゲート前に登場し、試合をやってリングを下りるまでの出演時間は約6分。ゴールドバーグは、強くて速くてわかりやすい“月曜のスーパーマン”。
頭をつるつるに剃りあげている。体が大きい。リングコスチュームは黒ノショートタイツ、短めの黒のリングシューズ、黒革のフィンガー・グローブ。顔がコワイ。
公式データによれば、1966年12月、オクラホマ州タルサ出身。プロレスラーとしてデビューしたのは1997年9月22日。はじめのうちは本名のビル・ゴールドバーグをリングネームにしていたが、いつのまにか“ビル”がなくなってただのゴールドバーグになった。もうれっきとした固有名詞だったのだろう。
あっというまにスーパースターのステータスを手に入れてしまったルーキーだから、そのプロフィルにはほとんど脚色がほどこされていない。ジョージア大学フットボール部“ジョージア・ブルドッグス”(1986年―1989年)ではディフェンスのノーズ・ガードとして活躍した。
4年生のシーズンでは通算121タックルの学生リーグ新記録を達成。1990年のドラフトでNFLロサンゼルス・ラムズ(現在はセントルイス)から11位指名を受けたが、スプリング・キャンプ中のケガで開幕ロースター入りを断念。
翌1991年のシーズンもラムズに在籍したが、1992年には独立リーグWLAF(ワールド・リーグ・オブ・アメリカン・フットボール)のサクラメント・サージに移籍。92年のシーズン途中でNFLアトランタ・ファルコンズと契約し、1994年のシーズン終了まで3年間。同チームに籍を置いた。
その後、1995年のエキスパンション・ドラフトデカロライナ・パンサーズに指名されたが、このときもキャンプ中の負傷でシーズン・ゲームに出場することなくチームを去った。プロレス転向を決意したのはその翌年のことだった。
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