ジョニー・エース=ジェラシーの標的Target――フミ斎藤のプロレス読本#038【全日本プロレスgaijin編エピソード7】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
ひょっとすると、ジョニー・エースはヘンなところで損をしているプロレスラーかもしれない。いったいどこか損なのかというと、ルックルがよすぎるところである。
やや差別的な表現になってしまうかもしれないけれど、女の子だったら、もちろん器量がいいにこしたことはないだろう。ところが、男の子の場合は、あるシチュエーションにおいては、顔がかわいらしいことが大きなハンディキャップになってしまうことがある。
男の子を卒業して成人男性になったら、生まれつきの端正な顔立ちがものすごい弱点になる。肉体をぶつけ合うことを仕事にしているプロレスラーだったら、なおさらのことである。
お客さまに観ていただくビジネスだから、ルックスは悪いよりはイイほうがベターに決まっているけれど、男性ばかりの職場ではハンサム・ボーイはみんなの3倍くらいがんばらないとまわりのみんなから仕事のうえで正当な評価を受けることができないらしい。
エースはたぶん、その最たる例だろう。どんなに一生懸命に闘っても、仲間のアメリカ人レスラーからはつねにやっかみの目で見られてしまう。全日本プロレスのリングでレギュラー・ポジションを与えられたいちばんの理由は、あのかわいい顔にあると思われているのだ。
もともと、エースは人前に出る職業につこうなんてこれっぽっちも考えていなかった。ハイスクール時代はごく人並みにフットボールとバスケットボールをやって、大学時代はごく人並みに勉強し、ごく人並みに遊び、ごく人並みにガールフレンドがいたりした。
親せきと親しい友人だけのささやかな結婚式をあげたばかりのジル夫人とは大学時代に知り合った。エースが4年生のとき、ジルさんは1年生で、どこにでもいる先輩と後輩のカップルとして、ふたりは仲よく手をつないでキャンパスを歩いたりしていた。
大学を卒業し、地味なコンピューター関連の会社に就職してサラリーマン1年生になったエースは、生まれ育ったミネソタからフロリダへ転勤を命じられた。ジルさんもエースといっしょにフロリダに引っ越した。ふたりはいっしょに暮らすようになった。
ある日、いつものようにパソコンのキーボードを叩いていたエースのところに実の兄のアニマル・ウォリアーが姿を現した。
アニマルは「お前はグッド・ルッキングなんだから、こんな仕事をすることはない」といって怒った。
アニマル兄さんは、3人兄弟のまんなかのエースも自分のようにプロレスラーになっていいお金をとるようになればいいといいたかったのだった。エースのそのまた下の弟で、顔つきも体つきもアニマルとそっくりのマーク(ザ・ターミネーター)は、はじめからプロレスラーになるつもりでいた。
その日、家に帰ってからエースが兄アニマルの誘いをジルさんに打ち明けると、恋人はこう答えた。
「ジョンがそうしたいなら、わたしはそれでいい。やりたいことをやればいいの。でも、いままでのジョンじゃなくなっちゃうんだったら、もう知らないからね。そうなったら、もうおしまいにするの」
ジルさんは、エースのルックスではなくて、ふだん着のジョンのことが好きだった。このとき初めて、エースはこの子と結婚するのがいちばん正しいことなのだとわかったのだという。
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