エースがハサミでネクタイをちょん切った夜――フミ斎藤のプロレス読本#040【全日本ガイジン編エピソード9】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
ジョニー・エースは、“ジョン”が大きなハサミを取り出して、首に巻いたままのネクタイをジョキジョキとちょん切ってしまった夜のことを決して忘れない。
ネクタイだけではなかった。「よく見ておいてくれよ、しっかり見ててくれよ」と奥さんのジルさんに念を押してから、ジョンは着ていたネイビブルーのスーツの袖を勢いよく肩口からひきちぎった。
それから、どかどかと大股でバスルームまで歩いていくと、鏡に写った自分のこっけいな姿をながめながら「ぼくはプロレスラーになる!」と叫んで、豪快に「ガッハッハ」と笑った。
ジルさんは、ジョンがそんな笑い方をするのそれまでいちども耳にしたことがなかった。ジョンの笑い声といえば、いつも「ハッハッハ」が「フッフッフ」だった。
まさかと思って一瞬、不安になったが、ジョンの顔があまりにも晴ればれしているのをみて、なんだかジルさんまでうれしくなってしまった。
「ジョンといっしょtogetherになってもう8年になるけれど……」とジルさんは話す。トゥゲザーとは、お付き合いをしはじめてからという意味なのだろう。結婚してからはちょうど3年で、ジルさんはまだ26歳だ。
10代の終わりからずっとジョンといっしょにいるジルさんは、意志が強くて、ある部分は頑固で、辛抱強くて、シチュエーションによって適度の気分転換ができるタイプなのだろう。
ふたりの結婚生活のカジをとっているのはジルさんのほうで――たいていの結婚はそうなのかもしれないけれど――ジルさんはジョンの行動にてんてこ舞いさせられているようなふりをして、じつはすべてをきっちりとコントロールしている。
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