「シュートは卑しい単語だ」と教えてくれたゴッチ先生――フミ斎藤のプロレス読本#057【カール・ゴッチ編エピソード5】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
「きのう種をまいたからといって、きょう花が咲きはじめるわけではない」
カール・ゴッチのお言葉は、そのひとつひとつが“神様”からの啓示である。お年寄りだからというわけではないだろうけれど、なんでもストレートにいい切っちゃう。
パンクラスの日本武道館大会を観終えたあと、ぼくはゴッチ先生とおしゃべりがしたくなって、フロリダに電話をかけてみた。
まず、船木誠勝と鈴木みのるがどんな試合をしているかを報告しなければならない。船木の相手は、ゴッチ先生みずからが半年間もかけてケイコをつけたグレゴリー・スミットだった。いくらゴッチ先生のコーチを受けたといっても、ひょろひょろのスミットはやっぱり船木の敵ではなかった。
もうひとりのゴッチ門下のトーマス・プケットは、下痢と発熱によるバッド・コンディションで今回は日本行きをあきらめた。
ゴッチ先生は、自分を慕っている日本人レスラーたちがまだ“蹴っている”かどうかを知りたがっていた。キックとパンチはあくまでもディフェンスであって、オフェンスではない、というのがゴッチ先生の考えだ。
いいタックルをもらわないように、キックを使って距離をはかる。キックやパンチで相手との距離を縮めたりフェイントをかけたりしておいて、タックルに入っていく。つかまえてしまえば、あとは徹頭徹尾レスリングですよ、というセオリーである。
「1対15、ではどちらが強い?」
ゴッチ先生はたとえばなしがうまい。スタンディング・ポジション(立っている状態)はひとつ。グラウンド・ポジション(寝ている状態)での乗っかり方は少なくとも15通り以上。どんなポジションからでも腕、ヒジ、手首、肩、首、足首(アキレス腱、ヒール、トー)に手が届く。
ひとつの関節の極め方にもありとあらゆるフォームがある。ゴッチ先生は、ふたりのレスラーがリング上で向かい合って“つっ立っている”シーンが嫌いだ。とにかく、相手を寝かせてしまわなければレスリングにならない。
ハイブリッド・レスリングというまだ耳慣れない表現は、ゴッチ先生が語る格言のひとつというわけではなかった。
ハイブリッドhybridとは“混合物”“雑種”“複合型”といった意味の形容詞で、ハイブリッドのあとにもうひとつ名詞をつなげて“ハイブリッド○○”とすると、品種改良を加えてもとのフォームよりもベターになったなにか、というニュアンスになる。
ハイブリッド・コンピューターは、デジタルのよさとアナログのよさが融合したコンピューター。ハイブリッド・カーは、ガソリンでも電気でも走る自動車。自分たちがめざすレスリングを“ハイブリッド・レスリング”と命名したのは船木だった。
「わたしはそんなハイクラスな単語は使わん。“オール・イン・レスリング”と呼べ、といったのだ。すべての要素を備え持ったレスリングだ」
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