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「女の子だから」父に褒めてもらえず…“困難な環境”で育った女性画家が強い劣等感を克服するまで

 画家・大河原愛氏が描く絵は、精神をどこか遠くへ置き去りにするような寂寥感を漂わせながら、同時に人の魂を落ち着かせる力が宿っている。  2020年には『ブレイク前夜』(BSフジ)で取り上げられ、月刊『アートコレクターズ』(生活の友社)の「完売作家特集2024」では人気作家として名前を連ねるなど、活躍の目覚ましいアーティストだ。絵画だけでなく、桐野夏生『日没』(岩波書店)では装画も担当するなど、その描線が多くの人々を魅了している。客観的にみれば“売れている画家”といって差し支えないだろう。  だが大河原氏は、戸惑ったように「10代の頃、親からも絵の才能がないといわれ、当時自分でもそう思っていました。幼少期は劣等感だらけのところからスタートして、あの頃は、『絵を描いていなければ自分に生きる価値はない』くらいに感じていたんです」と真顔で答える。彼女の半生を紐解くと、どうしても自分に自信が持てない理由と、画家として描き続けられる理由の双方が浮き彫りになった。
大河原愛氏

大河原愛氏

「成績優秀な兄」と比べ続けられた

「おそらくそれは、生まれ育った家庭環境に原因があるようにも思うのですが」  大河原氏の家族構成は、両親と兄がひとり。学生時代の父親は、働きながら妹や弟を高校に通わせるなど、苦労を重ねている。それでいて成績も優秀な人物だったという。当時は、会社員として夜間警備の仕事に従事していた。家庭の経済的事情で進学できず、学ぶことを断念した父親にとっての自慢は、成績優秀な兄だった。 「兄は大して勉強していないのに本当に優秀な人で、いわゆる成績が“オール5”でした。勉強以外に運動神経も良く、父親はそんな兄のことをいつも褒めて自慢していました。そして、そんな兄に対して『東大にいけ』と父はいつも言っていました。結局、持病があった兄は父の反対を押し切り、自ら近くの有名大学に入学しましたが……」  しかし学業ならば大河原氏も苦手ではなかった。  「小さい頃は、『兄がいかに優秀か』を毎日のように父から聞かされていました。ただ、自分も勉強が不得手だったわけではなく、兄と比較されたくない思いもあって勉強していたので、成績は良いほうでした。体育は平均的だったので、兄に大きく劣る点はそこだけだったと思います。それでも父が嬉しそうに語るのは兄だけ……。兄ほどでないにしても、なぜ私は同じ点数を取っても褒められもせず、期待もされないのか……と思っていました

“風変わりな父”が兄ばかり褒める理由は…

大河原愛氏

「ただ静かに降り積もる 12」(キャンバスに油彩・ミクストメディア, 73 x 51.7 cm, 2023年制作, 個人蔵)

 大河原氏は実際、父親に「なぜ自分を褒めてくれず、いつも兄ばかりなのか」と問うたことがある。 「そのときの父の回答は、微笑みながら『愛は女の子だから……』でした。どんなに努力をしても、父親から認められることはないと気づいた瞬間でした」  兄しか褒めない父親。身体的な虐待を受けているわけではないものの、緩やかに苦しい時間が続いた。何かの折に父に刃向かえばすぐに「出て行け」と言われ、親から守られている実感を得ることはない。学生時代の大河原氏は、「自分はなんのために生きているのか」という思いに陥ることもあったという。 「大人になってから気づいたのは、父はかなり風変わりな人だということです。母の親族の集まりに行って、そこで母のことを小馬鹿にして顰蹙を買ったり、レストランでも味にケチつけたり、人の気持ちへの共感性が欠落しているように思えました。  また、家の中はいつもモノだらけで、父の服が詰まったタンスや10年以上前の新聞や本、ビデオなどが山積みになって、通路も狭くなっていました。家族全員で片付けるようにお願いしても、『読むんだ』『捨てるな』の一点張り。片付けると怒られます。お風呂やトイレはまめに洗うし、入浴は毎日長時間入り、外出時の服装も清潔感がありました。にもかかわらず、とにかく自分の荷物を捨てようとしない。家の中も不衛生さはないものの、タンスの上まで父のモノが置いてあって、落ちてきそうで安らぎを感じられない家でした
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「芸術の才能がある」と自負していた父は…
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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【告知】
展示タイトル:大河原愛展「静けさの内に留まる羊は、いかにして温もりを手に入れたか II」
会期:2024 年 6 月1日(土) 〜 6 月 20 日 (木)
時間:10 : 30 ~21 : 00(最終日は17時まで)
会場:銀座 蔦屋書店 アートスクエア
所在地:東京都中央区銀座6丁目10-1 GINZA SIX 6F
お問合わせ先:ギャラリーNODA CONTEMPORARY TEL:052-249-3155
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