かつての“天才子役”が“宇宙的な俳優”に。同級生の記者が明かす「グッときちゃった」瞬間
リストラされた父親に黙ってピアノ教室に通う。天才ピアノ少年として芽吹くものの、父親と揉み合いになり、階段の上からスライド……。
その少年役は、当時12歳だった井之脇海が演じている。彼がスライドしたあの階段は“宇宙観”だった。あれから月日は流れ、今や井之脇自身が何か、宇宙的な俳優になったように思う。川口春奈主演のドラマ『9ボーダー』(TBS系、6月21日よる10時最終話放送)では特にそれを強く感じた。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、加賀谷健が、ひとりの友人として本作の井之脇海を解説してみたい。
雪解けみたいな演技である。新しい春にぴったりのドラマ『9ボーダー』に出演する井之脇海を見て晴れやかな気持ちになった。先に打ち明けておくと、実は彼とは日本大学芸術学部時代の友人関係。映画学科の演技コースに在籍した井之脇と監督コースのぼくは、両コース合同の実習などで学んだ。
だから「井之脇」とかしこまって呼ぶと面映い気もする。このコラムを書く前、大学時代について「海君、書いていいかい?」と聞けば、「書いていいよ!」と応じてくれる。ぼくより年齢こそ下でも精神の成熟度は格段に上。ひとりの俳優との呼応を噛み締めつつ、初めて出会った、あの昼のことを心置きなく追想することが出来た。
あれは確か、現在は閉鎖されている所沢校舎の学食。共通の友人を介して海君がやってくるまでの間、ソワソワ、ソワソワ。だから出会ったというより、正確には、お目通りがかなったというべきだろう。いたずらにこういう表現はしたくないが、当時のぼくにとって、井之脇海とは“天才子役”だったのだから。入学前から憧れていた彼に入学後に出会えるとは夢にも思わず、ひと目見てすぐ口をついて出てきたのは、「大きくなられて!」。素直にこの一言だったと記憶している。
キャリアのはじまりは早い。9歳で名門「劇団ひまわり」に入団。12歳のとき、一躍その名が知れ渡ることになる。香川照之主演の映画『トウキョウソナタ』(2008年)で、香川と小泉今日子の息子役で出演した。リストラされてもなお強権的に振る舞う父親に対する小学生の純粋な反抗と葛藤が内的に探られつつ、黒沢清監督特有の外的なアクション演出が、井之脇の存在をダイナミックに引き出していた。
例えば、息子の反抗心に激昂した香川が、二階へ駆け上がり、突き飛ばされた井之脇がダダダッと階段をスライドする場面の衝撃。黒沢監督がおそらく参照しただろう小津安二郎の『風の中の牝雞』(1948年)に比肩すべき静かなるアクション空間に投げ出され、仰向けにスライドする井之脇。黒沢監督による映画の力学に魅せられて日芸に入学したぼくからすると、同じ学科に憧れの俳優がいたことの偶然と映画的な縁を感じずにはいられなかった。
同作のラスト、井川遥扮するピアノ教師の導きで発表会に参加した少年が弾いたのが、クロード・ドビュッシーの「月の光」。左手以外は本人が弾いている。12年後、初主演映画『ミュジコフィリア』(2021年)では、並外れた感性を発揮する音大生役を演じ、今度は両手とも吹替えなし。どちらの役も現代音楽で共通し、響き合う。『トウキョウソナタ』からの流れがアンダンテ(歩くような速さで)のようにもアレグロ(速く)のようにも感じられる。『ミュジコフィリア』の取材現場で、卒業以来の再会を果たしたのも音楽映画の奇縁がもたらした通奏低音だろうか。
「大きくなられて!」の一言
憧れの天才子役との縁
コラムニスト・音楽企画プロデューサー。クラシック音楽を専門とするプロダクションでR&B部門を立ち上げ、企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆。最近では解説番組出演の他、ドラマの脚本を書いている。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
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