記録的大雪で孤立した慶応大生たちの不安な5日間
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まず、15日早朝には、雪崩でホテルの窓ガラスが割れ、雪が室内に侵入して停電が起き、さらに断水となった。この2つが重なったことで、暖房がストップし、風呂に入れないことはもちろん、トイレの使用もほぼ不可能に。さらに同日昼過ぎには、ガス管が雪崩で壊れ、ガスもストップして調理も困難に。学生たちは、夜は、できる限り多くの人数で集まり、ひと部屋にろうそく1本の明かりですごしたという。
彼らの精神状態はどんなものだったのか。OBとして合宿に参加していた、國廣淨晃さん(35)は、こう語る。
「不安で怯える人、ぼーっとしてしまう人、から元気になってしまう人、さまざまでしたね。彼らをちゃんと守ってどう生き延びて、できる限り無事なままで帰せるか、相当なプレッシャーでした。とりあえず、私や幹部の学生たちが、ろうそくの使い方など指示をしながら、不安にならないよう努めました」
16日の朝7時頃には、自衛隊が到着し、水や、カンパン・鳥の雑炊のレトルト食品など約半日分の食料を調達。その日のうちに、電気や水道ももとの状況に戻った。だが、あまりの雪で大型バスが通れる道を確保するのは困難な状況。すぐには帰れず、結果的にこの日からさらに3日間ホテルに滞在することとなった。
そこで大きな問題となったのがやはり食料だ。自衛隊から半日分の食糧は届いたものの、ホテルには約90名を予定よりも4日間多くすごさせるだけの食料は残っていない。そこで、学生たちは、手分けしてひたすら雪かきを進めた。500メートルほど離れたコンビニまでの道をなんとかつなげ、カップラーメンなどを提供してもらい、しのいだ。
また、近隣の住民には、雪かきをするのが困難な高齢者も多かったため、彼らの住居の前も雪かきをし、道を作った。彼らの中には、次はいつ手に入るかわからない貴重な食料を分けてくれた人もいたのだという。國廣さんは言う。
「大学生と、地元の人達が心温まる交流をできていたのは、僕としてもほっとする場面でした。また、ホテルの従業員の方々も、少ない食材を工夫して料理を作ってくれたり、『私たちはどうなってもいいからあなたたちだけは必ず守る』と言って下さったりと、精神的な面でも本当に助かりました」
学生たちは無事、19日に全員帰宅することができたが、冒頭に述べたように21日午後5時時点、4都県で少なくとも223人がいまだに孤立状態となっているという。彼らの無事を祈るばかりである。
<取材・文/霜田明寛>
2月14日の夜から15日未明にかけて関東甲信を見舞った記録的な大雪。降り始めから1週間以上が経過したが、21日時点でも依然として200人が孤立状態になっているという。新聞報道によれば、道路が寸断されるなどして一時孤立状態に陥ったのは11都県50市町村231地区で少なくとも1万8700人にのぼるというから、驚異的な数字だ。
そのうちのひとつである、山梨県富士河口湖町のホテル「精進レークホテル」では、従業員・宿泊客あわせて約90名が孤立。停電、断水に見舞われ、ところによっては2、3 mある雪で道がふさがれ、国道、県道が除雪不可能で帰ることができないという事態に。
宿泊客は、春休みを使って合宿をしていた慶応大学のサークルの学生たち81名だ。4泊5日で15日には帰宅する予定だった彼らは、そのまま19日までホテルに缶詰めになった。各局のニュース番組でも、自衛隊が到着した様子などが報道されていたが、このたび、我々は実際合宿に参加していた人物からより詳しい話を聞くことができた。孤立したホテルの中ではいったい、何が起こり、学生たちはどのような状況だったのだろうか。
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