プロレスと演劇の融合「AKIRA30周年記念生前葬」――フミ斎藤のプロレス講座・第11回
―[フミ斎藤のプロレス講座]―
ありそうでなかったプロレスと演劇のコラボレーションである。地味なプロレスラーがプロデュースした地味なイベント、といってしまえばそういうことにもなるのかもしれないけれど、AKIRAにしかできない、あるいはAKIRAがやるからこそオリジナルのジャンルとして成立する“座長公演”だった。
AKIRAのデビュー30周年を記念した自主興行“地獄から来たチャンピオン AKIRA30周年記念生前葬”がさる10月10日、新宿FACEでおこなわれた。イベントの宣伝用チラシの裏側にはAKIRAからのこんなメッセージが記されていた。
プロレス界に身をおいて30年が経ちました。
そこで出逢った仲間と俺ならではの30周年記念大会を開催します。
名作『天国から来たチャンピオン』にオマージュを捧げたストーリー展開に、
地獄に落ちたAKIRAを待ち受けるのは試練の4試合。
俺の人生を賭けたシアタープロレスをお楽しみくださいッ☆
AKIRA(本名=野上彰)は1966年(昭和41年)3月13日、千葉県習志野市生まれ。1984年(昭和59年)、高校を卒業と同時に新日本プロレスに入門し、同年10月12日、福岡・久留米県立体育館で武藤敬司を相手にデビュー。1990年(平成2年)にはヨーロッパ、アメリカへの長期遠征を経験。90年代は飯塚高史とのコンビでJJジャックス、蝶野正洋をリーダーとする大型ユニットTEAM2000のメンバーとして活躍したが、2004年(平成16年)に新日本を退団。フリーの立場で全日本プロレス、ハッスルなどのリングに上がりながら俳優として舞台、映画などで活動。その後、SMASH(スマッシュ)、WNC(レスリング・ニュー・クラシック)をへて、ことし7月からWRESTLE-1(レッスルワン)所属となった。
AKIRAの新日本プロレス時代の同期には武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也(故人)の“闘魂三銃士”、船木誠勝らがいる。“闘魂三銃士”は90年代の日本のプロレス・シーンを代表するスーパースターであることはいうまでもない。船木は新日本を退団後、UWF、プロフェッショナル・レスリング藤原組をへて1993年(平成5年)に新団体パンクラスを設立し、従来のプロレスを競技スポーツにシフトチェンジした日本の総合格闘技シーンのパイオニア的存在。AKIRAは――とてつもなくビッグになっていった同期生たちと比較すると――“悩めるプロレスラー”で、新日本在籍時代からプロレスとプロレスをつづけていく自己に疑問を抱き、リングからの脱出を何度か試みたことがあった。
タイトルの“地獄から来たチャンピオン”は、AKIRAからのメッセージにもあるとおりウォーレン・ベイティ監督・主演の映画『天国から来たチャンピオン』のオマージュで、入場チケットとチラシには『天国から来たチャンピオン』の有名なカバーフォトとまったく同じデザイン――スウェットの上下を着た天使――のイラストで悪魔バージョンのAKIRAが描かれていた。
不慮の事故で死んだ主人公が“地獄の水先案内人”といっしょにあの世と現世を行ったり来たりするストーリーも『天国から来たチャンピオン』と同じ設定で、スキットとスキットのあいだにプロレスの試合がサンドウィッチされていて、場面が変わるたびに覆面バンドLOS RIZLAZによる生演奏が挿入されるという構成になっていた。
“生前葬”だから、やっぱりオープニング・シーンではAKIRAの冥福を祈っての10カウントのゴングが鳴らされた。死後の世界に迷い込んだAKIRAは、“死神”の命令で“地獄の門番”ヒロ斉藤と闘うことになる。第1試合にラインナップされたAKIRA対ヒロ斉藤のシングルマッチは、AKIRAがスモール・パッケージ・ホールドで斉藤からフォールを奪った。現世ではヒロ斉藤は新日本プロレスの先輩にあたる。
“死神”は「フォールをとった者のみ生きる権利を与えられる」という条件で再びAKIRAに試合を命じる。第2試合のAKIRA&朱里対NOSAWA論外&リン・バイロンのミックスト・タッグマッチは、AKIRAがトップロープからのむささびプレスでNOSAWAから3カウントをゲットしたが、AKIRAは“生き返る権利”を朱里に譲ってしまう。この場面はラストシーンへの伏線になっていた。
ここでスクリーンに“エンマ大王”蝶野が登場する。AKIRAはスクリーンのなかの蝶野に向かって「オレ、プロレスらしいプロレスがやりたいんだよね」と話しかけた。
現世ではすでに火葬されて魂だけの存在になってしまったAKIRAには“乗り移るための体”が必要になる。第3試合はリッキー・フジ対木藤拓也のシングルマッチで、場外乱闘のさいにリッキー・フジが“心臓発作”で息をひきとると、AKIRAはその体に乗り移る。バックステージから現れたAKIRAがリッキー・フジのトレードマークであるフリンジ付きのゼブラ柄のロングタイツをはいていたのが観客の軽い笑いを誘った。
試合は、AKIRA演じるリッキー・フジが木藤をフォール。試合終了後はAKIRAとリッキー・フジがおそろいのタイツ姿でリッキー・フジのテーマ曲“セクシー・ストーム”をデュエットした。リッキー・フジは、じつはAKIRAの新日本プロレス練習生時代のもうひとりの同期生だ。ここは劇中劇的なワンシーンだった。
こんどはスクリーンに船木誠勝が登場して「どっちが強いか決めよう」と提案する。AKIRAの「それはオレがいちばん苦手なところだろ」という自虐的なコメントにオトナのプロレスファンのやや乾いた笑いが起きた。“死神”はAKIRA対船木対“エンマ大王”蝶野の3ウェイ・マッチを命じたが、再びスクリーンに映し出された“エンマ大王”蝶野は「この試合にふさわしい相手を用意した」と返答。バックステージから出てきたのは“北欧の神”スターバックだった。スターバックはこの試合に出場するだけのためにほんとうにフィンランドから日本まで飛んできた。
ホンモノの蝶野がリングサイドに現れると新宿FACE全体がどよめいた。やっぱり、蝶野クラスの大物はもったいぶって登場してくるものなのだろう。“死神”がAKIRAに「お前のほんとうの姿、地獄のストロングスタイルを思い出せ!」と地獄からのメッセージ――この作品のテーマか――を投げかけると、AKIRAは「オレはオレの闘い方をするしかねえんだよーッ!」と答えた。
メインイベントのAKIRA対船木対スターバックの3ウェイ・マッチ60分1本勝負は、ファンタジーとリアリティーの境界線のない闘いのシーン――つまりプロレスの試合――だった。船木はこれが初対戦となるスターバックの胸板に強烈なミドルキックを容赦なく打ち込んでいった。スターバックは「尊敬している」という船木との接触を心からエンジョイしているようだった。
AKIRAはトップロープからのむささびプレスを船木にお見舞いしたが、フォールを奪うことはできなかった。スターバックが十八番パイルドライバーでAKIRAをフォールして試合はジ・エンド。しかし、AKIRAはこの試合に感動したという“死神”から現世に戻るチケットをもらう。
ラストシーンは、ようやくこの世に帰ってくるこどができたAKIRAと朱里の再会シーン。地獄での記憶を失ったAKIRAがソウルメイトになるであろう朱里に「どこかで会ったことある?」と話しかける場面は、映画『天国から来たチャンピオン』のラストシーンと同じだった。
プロレスのなかには演劇的な要素があるし、演劇のなかにもプロレス的な要素がある。でも、プロレスはプロレスだから演劇ではないし、演劇も演劇だからプロレスではない。AKIRAはプロレスから脱出して演劇を学び、演劇を学ぶことでもういちどプロレスラーとしての自己を構築した。AKIRAにはAKIRAにしかできないプロレスがある。リングのなかには仲間がいる。リングのまわりにはAKIRAを理解し、応援したり、いっしょになって泣いたり笑ったりしてくれる観客がいる。いつも遠まわりばかりしていたプロレスラーAKIRAは、30年かかってやっとこの結論にたどりついた。
文責/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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※このコラムは毎週更新します。次回は、10月21~22日頃に掲載予定!
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