更新日:2017年11月16日 14:04
恋愛・結婚

40代金持ち男の「ワカレルワカレル詐欺」の顛末

「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは自らを饒舌に語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)などの著作で「性を商品化する」女性たちの内面を活写し注目されている文筆家の鈴木涼美が、「おじさん」をテーマに日刊SPA!で連載開始! 鈴木涼美の「おじさんメモリアル」<鈴木涼美の「おじさんメモリアル」第2回 紳士は別れ話がお好き?>  2000年の約5000店舗から4倍近くに膨れ上がり、デリバリーヘルスが数的存在感を劇的に伸ばした昨今、宅配系の嬢たちと話していると、「嫌いな客」ベスト3は大体似たり寄ったりである。順不同だが、「ナマ本番を当然の権利と捉えている男」「とっととイケばいいのに我慢してプレイを長引かせる男」「性と愛を混同して病む男」。意外と言えば意外で、普通に想像すれば「SM好き」とかそういうのがランクインしそうなものである。だってオシッコなんてかけるのもかけられるのも、勿論飲まされるのもゴメンだし、尻を叩かれたら痛い。でも、上記の黄金ベスト3は、そういうプレイがちょっとアブノーマルな客をゆうゆうと凌駕して譲らない。  ひとつ目の「ナマ男」が嫌われるのは当然である。そもそもデリヘルは本番行為を許されていないにも関わらず、結構な数のオトコが裏金もなしに勝手に入れてこようとするという。さて、そこで「お小遣いあげるから」「ゴムつけるから」の2ワードを耳元でささやけば、嬢たちの不快感は半減する。しかし一部のオトコは、囁く言葉をことごとく間違って嬢たちに心底嫌われる。「大丈夫、外で出すよ」「俺、ナマじゃないとイケないんだ」「実は僕パイプカットしてるから平気だよ」「ナマの方が気持ちいいでしょ?」。  2つ目の「我慢汁マン」もまたわかりやすい。嬢たちからすれば、90分のコースであろうと180分のコースであろうと、オジサンとのプレイなんて早く終わってくれるに越したことはない。しかし、あまりに早くフィニッシュして二回戦に突入されても迷惑なので、それなりにやわこい前戯から始めていい感じの時間にいい感じにイッて、あとはちょっとうとうとでもしてくれるのが一番ありがたい。嬢も寝れるし。しかし、ケチなのかイキってるのか何なのか、時間ギリギリまで性液を出すのを我慢しようとするオトコがいる。挿入したまま静止したり、途中、休憩と称して乳を揉みしだいたり。90分コースの金額をしっかり使いきろうとする気持ちはわからんでもないが、イキたい時にイかないで我慢していると、イキ時を逸してシャワーのアラームが鳴ってもなかなかイかないみたいな事故にもつながりやすい。  ここまでの2つは、実は宅配系に顕著な傾向なのである。まず、店舗型の非本番店ではさすがに当然がごとく本番行為をしようとする客は少なく、また、女の子に通報されたら一発アウトなので、強引さも減退する。また、店舗型の場合は、早めにプレイが終わったところで、暇つぶしの道具が少ないので、我慢して人工的遅漏にしている客に対する嬢の不快感は少ない。  3つ目の「病みおじさん」。これこそ、どんな時代も、どんな業種の嬢にも嫌われる、とてもとてもやっかいなヤツである。嬢として、さっぱりとプレイをしてスッキリして帰ってくれる客は何よりありがたいが、別にそうでなくとも、多少「好き」とか「可愛い」とか明るく述べてくれる男に嫌な気はしない。「可愛い!最高!」と言って、ばいばーいと温かい家庭に帰っていく、そういう男は愛らしい。しかし、家庭があろうがなかろうが、「好き」が倒錯して珍妙な行動をとってしまう男というのがいて、それは圧倒的に40代以上、つまりはおじさんに多いのである。今回は、私と友人の間でしょっちゅう話題になるとある40代の通称「ワカレルワカレル・ハゲ」についてお話しよう。  彼は40代の金持ちで、でかい外車に乗っており、バーニーズのカシミアのストールを色違いで何本も一度に購入するタイプの男だった。自分の経営する会社が休みの日に車で温泉や湘南に遊びに行く女を常に探していて、その女の家賃を払うくらいは大して厭わない。「俺は結婚してるし、そんな深い関係も求めない。ストーカーっぽくなることもあり得ないから軽く考えてよ。彼氏とかいても気にしないから」という常套句をひっさげて、2年ほど前に私の友人Mに近づいてきたのである。80歳のおじいさんが、エベレスト登山に成功した、そんなニュースが流れた頃だった。  Mは甘んじてデートしたりほにゃららしたりして、バーニーズのカシミアや家賃を手に入れていたのだが、数回の逢瀬を重ねるうちに、「軽い気持ちで考えてよ」という彼自身が軽い気持ちで考えてくれなくなっていった。Mが麻布十番の紫玉蘭でご飯を食べたと何気なく話せば「そんな高い店に男以外誰と行ったんだ」とねちっこく責めたて、Mがデート中に携帯をいじるとものすごくさり気ない横目で画面を見ようとしてくる。年齢にしてはやや広すぎるおでこにシワを寄せて、上目遣いで愛を口にするその姿が気持ち悪くて、Mは彼の暴走を止めようとやや態度を冷たくしていった。  ある日、彼と約束していた日に、彼から「今日は会うのをやめにしよう。仕事が忙しくて」とメール。月末だったその日はいつもの家賃に加えて家の更新料をもらうはずだったMはすぐに電話し、「忙しければオカネだけ振り込んでよ」というのをオブラートに包んで蜂蜜を加えたような言葉で伝え、「今日は忙しいから今度ね」と言ってくる彼と押し問答。いやいや、こんな長電話する暇があるなら銀行くらいいけるだろ、てゆーかそもそもお前ネットバンキングしてるだろ、というつっこみを飲み込んで話すこと1時間半、彼が「お前との関係を見直したいと思ってるんだ。でも更新料は約束したし、心配しなくていいよ」と言ってきた。 「じゃあ今日どうしても不安だから振り込んでください」というMに、おじさんは「わかった。じゃあやっぱり会おう」と言ってくる。お前仕事忙しいんじゃないのかい?と意地悪に突っ込みたい気持ちを抑制し、Mは30分後の六本木での待ち合わせに応じた。まずは銀行に寄り、更新料を受け取ったMは、とりあえずの達成感に浸っていると、六本木の道端にとめた車の中で、おじさんは畳み掛けるように「このままの関係では俺は続けられない」という話をしてきた。  おじさんの話を要約すると、月に2~3回、予定を合わせてしか会えず、暇な時の呼び出しにも応じないMに不満を持っている。一緒にいない時には、誰といるんだろうと不安に思う。仕事にも支障があるからもう終わりにしたい。でも出逢ったときに、少なくとも2年間は家賃は心配しなくていいと言ったから、そのオカネだけは毎月払ってもいい。毎月、自宅の下に一瞬寄って家賃だけ渡すよ。  Mにとっては願ってもない話である。Mには愛する彼氏はもちろん、お小遣いをくれるおじさんが他に4人もいて、毎日多忙を極めている。ハゲとデートせずにオカネだけもらえるなんてウキウキだ。ニヤニヤしてしまう顔をなんとか真顔に固め直して「うん、わかりました」とつぶやき「寂しいけど」と、なけなしの良心と礼儀でつけたすと、おじさんは「ほんとに寂しいって思ってくれてるの?」「ほんとですよー」「そういうふうに言われると確かにお前は俺のことちゃんと思ってくれてると思うんだけど」「もちろんです」「オレのことすき?」と面倒くさいやりとりが2時間弱。そして残酷なことに「愛してるお前に寂しい思いはさせられないし、これからもたくさんデートしよう。今の回数だと俺もちょっと寂しいからなるべく会える時間増やそう」という最悪の結果に。  暗澹たる気持ちで「うん……うれしい」と言ったMは、なるべく会う回数を減らす言い訳を考え、その後も1.5週に1回くらいのデートでなんとかすまそうとたくらんでいた。Mにとって彼とのデートはもちろんお仕事であって、家賃16万円を会っている時間数で割って時給換算し、時給1万円をきらないようにうまくやってきたのである。一瞬家の下に寄って16万円渡してくれるなら、分給8万円くらいになるわけで、それこそ最高のシチュエーションなのである。  それでも、一応家賃の心配がいらないのはありがたいので、おじさんとのデートを継続していたMなのだが、厄介なことに、それ以後、デート終盤になるとおじさんは、先日のやり取りを強要してくるようになった。「もう俺はこんなこと続けてもしょうがないから終わりにしたいんだ。でもオカネは渡すから」「うん……わかりました。悲しいです」「本当に悲しいと思ってくれるなら、これからも頑張ろう」。あまりに鬱陶しくて、「もう、こんなお話し合いを続けてもしかたがないと思うんです。おっしゃってくださるように、お家賃は届けていただくとして、お会いするのはやめましょう」ときっぱり言ってみると「そんな風にばっさり切り捨てられる存在だったのか? 俺は」と絡んできて、「そんなことないですよ。でもせっかく一緒にいるのに別れ話しかしないって寂しくて」「ごめん、もうこんな話しないよ」と結論。このワカレルワカレル詐欺に使われた時間は計19時間にのぼった(M調べ)。  結局、このままワカレルワカレル話をこじらせると、おじさんのおでこはさらに後退する、と判断したMは、やや冷たい態度と家賃以外のオカネの要求を激しくして、おじさん整理に走りだした。6回目の別れ話の折、おじさんは「もう、ほんとのほんとうに終わりにしたい」と通告。1年分の家賃が入っているからと分厚い封筒を渡して、お互い携帯の番号を消し、高級外車で自宅に帰った。  オカネを渡すから、愛と魂をくれというおじさん。身体の関係の代償としてクリアにオカネを欲しい嬢たち。ワカレルワカレル・ハゲのややこしいのは、「愛とかいらない。俺はさっぱりしたタイプだから」と言い切って近寄ってくることである。俺は面倒臭い男じゃないから詐欺である。最初から、付き合って下さい! 愛と魂をかけて! という勇気のない男のみじめな結末だ。この詐欺行為は、嬢たちに「言ってた話と違うじゃないか」という怒りをもたらすことに、彼らは気づかないのだろうか。
札束

家賃ぽっちのオカネで売り払える魂は特にない

 おじさんは実は地味に仕返しをしていた。彼女の家賃は16万円、一年間で192万円になるはずなのに、分厚い封筒をあけると、何度数えても120万円しか入っていない。最後にどさくさに紛れてちょろまかされた腹いせに、Mは今でも酔っ払うと、彼の悪口を30分は友人たちにぶちまけ、彼との会話をLINEで再現してみせる。オンナは平気で嘘をつくけど、嘘をつくおじさんへの制裁は容赦ない。 <イラスト/ただりえこ 撮影/福本邦洋>
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

おじさんメモリアル

哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録

おじさんメモリアル

著者が出会った哀しき男たちの欲望とニッポンの20年
日刊SPA!の連載を単行本化


身体を売ったらサヨウナラ

夜のオネエサンの愛と幸福論

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