在日外国人への愚かな誹謗中傷を許してはいけない
乗客から「不愉快だ」というクレームが複数寄せられたことで、恵比寿駅(東京都)構内のロシア語の案内表示を紙で覆い隠していた問題で、JR東日本の深谷光浩東京支社長が「差別との誤解を招く行為で不適切だった。深くおわびしたい」と謝罪した。
「ヘイトは銃と同じだ。持ち歩いていれば人を殺すことがある」。1947年公開の米映画『十字砲火』で、殺人事件の容疑者らを追っていた警部は、これが反ユダヤ主義者による犯行だと気づく。彼が引っかかっていたのは参考人の一人である帰還兵との会話。言葉の端々に滲むユダヤ人への蔑視や憎悪が、事件解明の手がかりとなった。
ヘイトを内面化している兵士はごく自然な会話をしたつもりで、ヒントを渡した意識は毛頭ない。後にヘイト・クライムを確信した警部はこう続ける。「無知な男は自分と違うものをわらう。本来は恐れているんだ。そして憎しみだす」
同作が製作されたのはユダヤ人問題を扱ったエリア・カザンの初期の名作『紳士協定』と同じ年で、アンチ・セミティズムとも呼ばれるユダヤ人へのヘイト感情が第二次大戦を経てなお欧米社会の中に見え隠れしていたことが窺える。
と同時に、この差別主義者と事件の構造は世界中のあらゆるヘイト感情に置き換え可能でもある。そもそも原作小説では被害者はユダヤ人ではなく同性愛者だったのを、映画化の際に当時の自主規制コードに合わせて変更しているのだ。
JR恵比寿駅にあったロシア語の案内表示が紙で覆われていた問題で、JR東日本が「差別との誤解を招く行為で不適切だった」と謝罪した。
ロシア大使館を訪れる際に乗換駅となる同駅では、改札近くの電光掲示板の裏面に英語と韓国語に加えてロシア語の乗り換え案内を表示していた。同社によるとロシアによるウクライナ侵攻後、一部の乗客から「不愉快だ」などという苦情があったという。
世界中で非難される侵攻を憎むこと自体は不自然ではない。憎しみの矛先が行為ではなく行為者になると人は残酷になり、さらに国家や属性に転嫁されるとヘイトが生まれる。戦争行為でも独裁者でもなく、その国の一般市民、まして言語や文化にまで向けられた敵意は、持ち歩いていれば人を殺す可能性さえある。平和を願い、戦争を憎んでいたはずの心が銃を育てるのだから酷いアイロニーだ。
ロシア人への誹謗中傷が国内で相次いでいる事態を受け、林芳正外相は記者会見の場で一般のロシア人を排斥したり誹謗中傷したりしないよう呼びかけた。この呼びかけはあらゆる人種差別やマイノリティ差別に向けられるよう、より一般化した形で心に刻まねばならない。
昨年8月に京都のウトロ地区で起きた放火事件で、勾留中の被告は複数の媒体の取材に手紙で「韓国が嫌いだった」などと述べている。戦前の日本が飛行場建設に動員した経緯から、今も在日コリアンが多く暮らす同地区だが、周知のごとく土地の所有問題は韓国政府の支援や寄附によって解決した。
「特別待遇」や「不法占拠地域」など無知を露呈する言葉も多く、情報を「ヤフーニュースのコメント欄」で得ていたとの報道もあった。極端な思想の者が集まるネットの声だけを過信し、心に育てた銃は罪のない市民に向けて撃たれた。
新たに目立ちだした差別の芽を摘むと同時に、長く社会にはびこる深い根に対処し続けることを諦めたら、日本から海外へ出向いたときに、アジア人というだけでCOVID-19の戦犯として銃で撃たれる未来を許容することにもなる。
※週刊SPA!4月26日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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