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観光船事故はコスト削減に苦しむ労働現場の象徴だ

北海道・知床沖で起きた観光船「KAZU1」沈没事故を受け、捜索に向けて準備する漁師ら。運航会社「知床遊覧船」社長・桂田精一氏による、安全管理規定を無視した利益優先の杜撰な経営体制が明らかとなり、批判が集まっている
鈴木涼美

写真/時事通信社

消費社会の神話の本懐

消費社会には数多の都市伝説が常にある。某大手激安デリヘルで「スタイル抜群のハタチ!」を指名したら100キロ超えのアラフォーが来た、という割と事実に基づいていそうなものから、 某格安衣料店では試着室の床が抜けて地下で人身売買が行われている、というB級フィクションの内容そのままのもの、某飲食店の加工肉はミミズ肉(同ネコ肉、カラス肉などバリエーションあり)だ、というデタラメまで内容も多岐にわたる。 特に子供の頃はこうした噂は活発で、嘘だとわかっていても、コックリさんと同じくらいには「もしかして」と信じている節がある。伝説自体は酷いものだが、個人的にはこの不気味さに対する「もしかして」の感覚は結構重要だと思う。 その小さな哲学者たちは、パンを作るよりハンバーガーを買うほうが安いなんて言われてみれば変だとか、3900円で売春する人がいるわけないとか、そういう疑問に蓋をして快適に過ごす術を身につける前の感覚を持っているからだ。 いまだ行方不明者の捜索が続く北海道・知床沖の観光船沈没事故で、事故を起こした運航会社の杜撰な経営体制が次々に報道されている。 創業者から事業を買収した地元ホテルグループの社長は、経営悪化を食い止めるための無理な人件費削減を進め、不可欠な点検業務も怠っていた可能性もあるという。悪天候で同業他社が運航を中止する中、何度も単独でツアーを決行していたという証言は複数報道されており、事故当日も同社長が規定に違反して事務所から離れていたことがわかった。 同社を厳しく断罪しなければならないとともに、このような企業を早期発見し、改善しない場合には潔く退場させる行政機能が求められる。 ただ、事業者の管理や行政の監視だけでは問題の根底にあるものには対処しきれない気もする。今回の事故は身勝手な企業が経営悪化に焦った末の惨事と言えるだろうが、似たようなコスト削減で悲鳴をあげているサービス業の現場には見覚えがある。 人手不足や価格競争が過酷な観光業界で、経費削減のために安全が疎かにされた例はこれまでもあった。記憶に新しいのは2012年に関越自動車道、2016年に軽井沢でそれぞれ多くの死亡者を出した長距離バスの事故だ。運転手の過酷な労働環境などが背景にあったとされており、国の規制緩和により激化する業者間の競争が問題になった。 国内にとどまらず、韓国での大型旅客船沈没事故でも、安全軽視・コスト重視という企業の体質が問題視された。近年LCC事故が多発している国もある。 低価格に釣られないことは難しい。長引くデフレ状態で激安が当たり前になってしまったこの国では、良いサービスが低価格で提供されることに消費者があまりに慣れきっている。脱毛もネイルも20年前に初めてサロンに行った時の半額以下でいくらでも見つかり、AVはもはや無料で楽しめて、3900円で射精できる。 「考えてみれば変」なサービスや商品は、必ずどこかに皺寄せがあり、それは最も弱い立場の者に集まりやすい。子供たちの間に都市伝説が生まれるのは、安くて早くて安心ね!なこの世界は何かがおかしいという感覚があるからだし、脱成長を提案する新書がベストセラーになるのは、大人たちも徐々にその感覚を取り戻しているからなのかもしれない。 ※週刊SPA!5月10日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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