プーチン以上の強者! トルコ・エルドアン大統領の狙いとは?
「『イスラム国(IS)』などのテロ組織から、トルコ領に大量の石油が流れていることについて、さらなる証拠を得た――」
11月30日、ロシアのプーチン大統領は、トルコと隣接するシリア国境付近でロシア空軍機が撃墜されたのは、トルコが「同胞」と見なしている反アサド勢力の少数民族、トルクメン人を守るためであり、シリアからトルコに抜ける「石油密輸ルート」を防衛するためにあったと一刀両断した。
26日にフランスのオランド大統領と共に行った会見では、対ISの空爆作戦でアメリカ主導の「有志連合」と足並みを揃える姿勢を見せていたが、いまだトルコ側から「謝罪」がないことから、「政治目的でテロ組織を利用する者がいる限り、対テロ大連合の結成はできない」と、早々にトルコを含むNATO側勢力との軍事的連携は困難との見方を示した。
28日にはトルコに対する経済制裁を発表するなど、「怒れるロシア」の強硬な態度は日に日にエスカレートしているように映るが、一方、トルコのエルドアン大統領は、ここにきて弱気な言葉も口にするようになった。ロシア空軍機の撃墜は、度重なる警告を無視した領空侵犯が契機となっており「正当な判断であった」との姿勢は変わらないものの、28日にエルドアン大統領が行った演説では「今回の事件で我々は本当に悲しんでいる。起きなければよかったが、起きてしまった……」と、ロシア機に対する軍事行動そのものを「後悔」しているかのような発言もしているのだ。
トルコ経済はロシアに大きく依存しているため、ロシアとの経済関係悪化を見越したエルドアン大統領が、再三にわたってプーチン大統領との電話協議を求めていたのも十分頷けるが、結局、両首脳の参加していたCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)の場でも会談は叶わずじまいだった……。
ロシアとの経済関係が良好だったトルコが、なぜ、大国ロシアを向こうに回してでも、ロシア軍機撃墜という強硬な姿勢を貫いたのか? その答えは、時に「独裁者」とも称されるエルドラン大統領の政治家としてのスタンスを読み解くことが必要のようだ。今回、テレビの報道番組でもお馴染みの放送大学教授の高橋和夫さんに聞いてみた。
――トルコは、ロシアとの関係改善を図るため対話の場を設けようと躍起になっているが、エルドアン大統領はロシア側が求めている「謝罪」の言葉を頑なに拒否したままです。エルドアン大統領の胸の内をどう読めばいいのでしょうか。
高橋:エルドアン大統領が抱える最大の懸案事項は、「世界最大の国を持たない民族」であり、トルコからの分離独立を欲しているクルド人問題です。シリア内戦を巡って、エルドアンはISを空爆するという建前で、クルド人を攻撃している。プーチン大統領がISを空爆すると言って、反アサド勢力を攻撃しているのと同じなのです。実は、この2人の権力者はかなり似通ったタイプの政治家で、その独裁的な手法は国際的には評判が悪いものの、国内的には非常に人気が高い点も共通する。むしろ、ここ数年でエルドアンが一気に“プーチン化”していると言ってもいいでしょう。2003年から2014年と実に10年以上も首相を務めたエルドアンは、その後大統領に転じると、それまで大した力を与えられていなかった大統領の権限を一気に強化しました。時にメディアを通じて強靭な肉体を誇示するプーチン同様、エルドアンもサッカーのエキシビジョンマッチに出るなど強い指導者像を見せつけたりしてます。先頃あった出直し選挙で圧勝した権力基盤を今後さらに盤石化させ、おそらくその先には憲法改正を目論んでいるはず。つまり、エルドアンはプーチン以上に強気なリーダーなのです。
――確かに、今回のロシア空軍機撃墜を巡っても、トルコ国内ではエルドアンを支持する声が多い。ロシアとは経済的な結びつきは強いものの、やはり、トルコ社会には反ロシア感情が今も根強く残っているということか。
高橋:オスマン・トルコの時代、ロシアに領土を脅かされ、カツオ節を削るように国土を侵食されていった歴史があるだけに、現在もトルコ人の間には反ロシア感情は残っています。オスマン・トルコ帝国崩壊後、建国した今のトルコは、ロシアの脅威に対抗するため、何としてもNATOに加わる必要があり、イスラム教国で唯一の加盟を果たしている。一方、EU加盟の話は何度も持ち上がったが、いまだに加盟は達成されていない。トルコ人は自分たちを欧州人とカテゴライズしたいのですが、欧州から見ればアジア人。その昔、オスマン・トルコが欧州まで版図を広げた歴史もあり、詰まるところトルコが嫌いだから、トルコから労働者が流入するなどと難癖をつけてEUには加盟させないわけです。エルドアンはそんな欧州諸国とイスラム諸国の間で、トルコという国のかじ取りをうまく行ってきました。
――エルドアン大統領は、「アラブの盟主」になることを目指しているとも言われている。
高橋:そもそも、エルドアンは熱心なイスラム主義者なのですが、先頃トルコであった出直し選挙では、エルドアンが「民族主義」を焚きつけて勝利を収めています。その政治手法は強権的で、時に「独裁者」と言われることもあるが、これをトルコ国民が支持しているのも事実。首相に就任すると大規模な公共事業に着手し、それまで酷いインフレと低迷する経済に苦しんでいたトルコを成長軌道に乗せた。一方、2008年には、世俗派が政権転覆を企てた「エルゲネコン事件」をきっかけに、軍部や法曹界、マスコミを徹底的に叩き、無力化することに成功している。まず経済で国民の支持を取りつけ、その後、自らの権力強化のため、強権を発動する……まさにプーチンの権力強化の手法そのものであり、エルドアンは、プーチン以上の「策士」と言っていいでしょう。実際、先の選挙では、シリア難民の問題を外交カードとしてうまく利用しています。選挙直前という絶妙のタイミングで、難民問題に苦悩するドイツのメルケル首相が、対策を要請するためにエルドアンのもとを訪れました。トルコ国民にすれば、「欧州の大国ドイツがエルドアンに頭を下げた」と受け取るのが自然で、結果、エルドアンは選挙で圧勝しました。
――11月の選挙で、エルドアン大統領が焚きつけたという「民族主義」とは、トルコをイスラム回帰に向かわせようとするものか。
高橋:トルコ人はもともとイスラム教徒なので、現在の世俗主義よりもう少しイスラム的にしたい……そう考える国民が地方には多く、そういった声を代表しているのがエルドアンなのです。イスタンブールでは酒を飲んでいるトルコ人も多いし、女性はミニスカートを履いていたりするが、それは大都市の話であってトルコ全土に当てはまるわけではない。ただ、トルコの世俗主義は、当初から矛盾を孕んでいました。欧州になることを目指したのだが、それは民主主義国家になることを意味する。民主主義は国民の声を聞くことなので、もともとイスラム教徒の国民の意見に耳を傾ければ、当然、イスラム回帰の道を辿ることになる。特に外交面では、イスラム世界での存在感増大を目指す新オスマン主義が色濃い。シリアに影響力を及ぼそうとアサド政権排除を目論んでいるのを見れば、エルドアンが中東でのプレゼンス拡大を狙っているのは明らか。ただ、シリアが混乱に陥っているように、決して上手くいっているわけではない。逆説的ですが、ISがいまだに勢力を保持しているのは、プーチン大統領が言うように、トルコがシリア国境を閉めず、ISの密売する石油を買っているから。エルドアンはこうしたことを意図的に行っているのです。
12月3日からセルビア行われる欧州安保協力機構(OSCE)の会合の際、ロシアのラブロフ外相とトルコのチャブシオール外相が会談するという。果たして、両国の和解に向けて、似た者同士と言われる2人のトップ会談に繋げられるのか? 怒れるプーチン大統領と伍して戦う中東の「策士」、エルドアン大統領の手腕が試される。 <取材・文/日刊SPA!取材班>
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