番外編その3:「負け逃げ」の研究(2)

 マカオの大手ハウスにあるプレミアム・フロアにおける日本人の打ち手たちのエピソードは、桜田さん(経済界)、広域指定暴力団(裏経済界)と続いた。

 次には、政界・官界あたりの人間について書くべきか(笑)。

 永田町や霞が関には、接待賭博で味を占めてしまったのだろうカジノ好きが、結構多いのである。

 連中がやらかした「カジノ旅行でご乱行」のエピソードには事欠かない。

 でもやはり、差し障りがありすぎか。

 ならばこの項では、畏(おそれ)れ多くも畏(かしこ)くも、宗教界の人間を登場させる(笑)。

       *          *          *

 桜田さんと知り合ったが惨敗だった滞在の10日後に、わたしは新たな兵糧を携え、また同じハウスに戻った。

 ここまでのマカオでの直近の戦いは3連敗。合わせると80万HKD(1200万円)超の負けとなっていた。

 わたし程度の資産・収入で、これは痛い。

 じつは、「痛い」どころではない。

 目の前が真っ暗闇となるほどの打撃だった。

 復讐戦である。

 と同時に今回の滞在では、たとえ武運つたなく敗れるとしても、「負け逃げ」のポイントを逃さないことをテーマとした。

 どうもここのところ、だらだらと負けることが多くなってしまった。

 反省している。

 負けるとしても、わたしはハウスに持ち込んだデポジットの半額を失うと、滞在を切り上げることを信条としていた。

 いわゆる「半ちぎり」である。

 文意に忠実に従えば、「半ちぎられ」が正しい呼び方なのだろうが、賭場(どば)では「半ちぎり」と呼ばれているので、そういうことにしていただく。

 ところが、齢(よわい)を重ねるとともに、歯止めがきかなくなってしまったのである。

「負け切らない」という部分だけは、まだなんとか堅持しているのだが、戦い終わり日が暮れて、家路につくときには、持ち込んだ金額の20%ないしは30%程度しか持ち帰れていない。

 こんな博奕(ばくち)の打ち方には、未来がなかった。

 遠くない将来に、戦場で朽ち果ててしまうのだろう。

 ――死屍累々(ししるいるい)。いやになるほど、死屍累々。

 これまでわたしは、死んでいった多くの人たちを見てきたのである。

 つわものどもの夢のあと。

 たとえまだ悪い流れが続いていて、「負け逃げ」を強いられようとも、最悪「半ちぎり」で帰途につく。

 そう固く心に決めて、戦場に臨んだ。

 カジノ賭博の世界で生き残るためには、否応なく軌道修正せねばならんのじゃ。

   *         *         *         *

 打ち始める前に、まずマカオ雑感。

 ここ2年ほどの中国の景気減速および「反腐敗政策」で、VIPフロアの活気がすっかりと失せた。

 とりわけプレミアム・フロアの客の入りは、寂しい限りである。

 プレミアム・フロアのみならず、ジャンケット・ルーム全般にも、元気がなかった。

 海王集団(ネプチューン・グループ)系は、壊滅同然だし、多少なりともまだ勢いを残していたのは、太陽市集団(サン・シティ・グループ)系くらいだったのではなかろうか。

 数年前と比べると、まさに「隔世の感」がある。

 ただし、中国で起こっているのは「減速」であって、相対的に経済はまだかなり「成長」している。

 日本が経験しつつある20数年間に及ぶ経済の「停滞」あるいは「後退」ではないし、また「腐敗」への締め付けもいずれ緩むことだろうから、昔日の栄光は、そのうちに蘇(よみがえ)ってくるのかもしれないな。

 そこいらへんは、神のみぞ知る。

 大手ハウスのプレミアム・フロアは、だいたい回った。

 それなりに客がはいっていたのは、COD(シティ・オブ・ドリームズ)とギャラクシーおよびグランド・リスボアくらいだった。

 もっとも、そこはそれ。

 サンズのPAIZA(LVS系のプレミアム・フロアの世界共通名)では、大陸からのおばちゃん二人組が、1時間足らずで1000万HKD(1億5000万円)を、バカラ卓に張られたグリーンの羅紗(ラシャ)の上で、あっけなく溶かしていた(笑)。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(3)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。