番外編その3:「負け逃げ」の研究(3)

 例によって、夜行のCX便だった。

 午前8時ころには、ホテルの部屋に入っている。

 旅装を解いてプレミアム・フロアに降りると、打ち手はいない。

 デポジットだけを済ませた。

 今回も、50万HKD(750万円)の元賭金(もとだま)

 悪くても、「半ちぎり」で打ち止める。

 そう固く心に誓っている。

 打ち手のいないプレミアム・フロアで、インスペクターやディーラー、そしてウエイトレスも合わせれば20数名の視線を一身に集め、札を引く気は起こらなかった。

 ここいらへんも、調子と無関係じゃない。

 調子がいいときなどは、そういうことはまったく気にならない。

 20人だろうと30人だろうと、みんなまとめて面倒みます。そりゃ、ひと捻(ひね)りじゃっ(笑)。

 それぐらいの勢いをもつものだ。

 ならば、外回りである。

 某大手ハウスのプレミアム・フロアで、一人の顔見知りがバカラのカードを引いていた。

 日本の新興宗教の教祖さまである。

 宗派は存じ上げない。

 信徒の歳若い女性を連れて、PAIZA(LVS=ラスヴェガス・サンズ系のVIPフロアの世界共通名)やグランド・リスボアでよく見掛ける人だ。

 仮に名前を荒磯さんとしておこう。

 歳回りはおよそ還暦前後、短身・長髪、ゆったりと髪をうしろで留めている。

 荒磯さんの打ち方は、独特だ。

「ハイローラー」桜田さんと同様に、この人もクー(=手)を休まない。毎クー賭けていくのである。

 ベットの際には、チップの塊を自分の手前の羅紗(ラシャ)に叩き付け、それを滑らしながらバンカーなりプレイヤーなりの枠に置く。

 それも必ず、左側から枠内に滑らせる。

 宗教の人だから、なんかの「まじない」なのだろうか。

 それにしては、「まじない」の効果も、神さまの御利益(ごりやく)も、あまりないようである。

 弱い(笑)。

 負けても負けても、気にしている様子はなかった。

 どうせ信者たちのカネだ、とでも思っているのだろうか(笑)。

 宗教って、資本もいらないし、儲かるものなのである。

 荒磯さんのベットの仕方も独特だが、チップの整理の仕方もまた独特だ。

 プレミアム・フロアの博奕(ばくち)であるから、ノンネゴシアブル・チップでベットし、勝ち手にはキャッシュ・チップがつけられる。

 このキャッシュ・チップを、一切ローリングせずに(つまり、ノンネゴシアブル・チップに交換することなく)、卓上に積んでいくのである。

 席を立つまで、カラー・チェンジもしない。

 カラー・チェンジとは、チップの色を替えていくことを意味する。

 より高額のチップにするのが、「カラー・アップ」で、低額に替えるのが、「カラー・ダウン」と呼ばれる。

 教祖さまは、1000HKD(1万5000円)という低単価チップだけで、10枚~20枚とベットするので、勝ち手では「カラー・フォ・カラー」の10000HKDのキャッシュ・チップがつけられていく。

 この1000HKDのキャッシュ・チップを、10万HKD(150万円)ひと山として、卓上に何本も何本も積んでいくのである。

 それだけではなく、バンカー側ベットの勝利の際に生じるコミッション分のキャッシュ・チップも交換を拒否して、積み上げる。

 すると当然にも、ディーラーの手前にあるフロートから、1000HKDおよびそれ以下の低額なキャッシュ・チップがなくなってしまう。

 一本のシュー(セッションを意味する)の途中で、キャッシュ・チップ補充の、通称「フィル・イン」が何回もおこなわれることとなる。

 とりわけツラ(=一方の目の連勝)が起こったときなど、大変だ。

 ツラ一本で、3回「フィル・イン」がおこなわれたこともあった。

「なんでチップを交換しないのですか?」

 とわたしは訊いた。

「ツキが逃げていくからです」

 と荒磯さん。

「勝っているのですか?」

 とわたし。

「いや、やられています」

 と教祖さま。

 もう、相手にしてらんねー(笑)。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(4)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。