第5章:竜太、ふたたび(4)

 倒れ込んだベッドの上で、そのまままどろんでしまったようだ。

 竜太は空腹で目覚めた。

 窓の外には、夕闇がせまっている。

 機内では、クリュグとかいう名のシャンパンを浴びるほど飲み、夜食は片づけたが、朝食を摂っていなかった。

 腹が鳴る。

 シャワーを浴びると街に出た。

 ホステルから歩いて数分のところにマクドナルドがあった。

 助かった。マクドナルドは、世界の牛丼である。腹を落ち着かせてから、今後の行動を決めればいい。

 ん?

 ビッグマックが4ドル50セント?

 400円以上もするのかよ。

「たっけ~な」

 思わず竜太はつぶやいた。

「ほんと、高いね」

 うしろに並ぶ細身の若い女が言った。

「あっ、日本の人なの?」

「ええ」

「俺、今朝オーストラリアに着いたばかりで右も左もわからない」

「わたしは2週間目。まずシドニーで1週間。そして内陸部を南下して昨日メルボルンについたの」

 二人でビッグマックが入った褐色の紙バックを持ち、店を出た。

「ビーチで食べようか。ビールが飲みたいね」

 と竜太は誘った。

「オーストラリアは、公園でアルコールを飲むのが禁止されているみたい。州によって違うかもしれないけれど。でもシドニーではみんな、袋に入れたまま缶ビールを飲んでいたよ。ビールはパブじゃなくて、スーパーで買うと安くなる」

 日本の地方都市ならならどこにでも居る女子大生の顔だった。

 鼻筋が通っているのは、竜太の好みだ。

 磨けば輝きそうな女である。

 深い関係にならずとも、ひとまず日本語が話せる人がいるのは助かった。

 そういえば、海外の日本人はホームシックを感じるとマクドナルドに行く、という笑い話を聞いたことが、竜太にはあった。

 コールスという名の大型スーパーで、冷えたビールを仕込む。

 ピアの南北に広がる海洋公園で、闇に沈み始めた海を見ながら、二人はビッグマックを食べた。

 プシュッ。

 ヴィクトリア・ビターという名のビールが腹に沁みる。

 なかなかのビールだった。

「すごい海ね。これ、このままずっと南に行けば南極なんだ。シドニーからはバスを使ったのだけれど、なにもないところが行けども行けども広がっていて、驚いた。視界の左右の端が曲がっているの。ほんと、地球は丸いんだ、と自分の視覚で確認できたんだから」

 就職前の冬休み旅行で、オーストラリアを選んで正解だった。

 と若い女はつづけた。

「一人でまわっているの?」

「お友達と来る予定だったけど、その子にバックレられちゃったのよ。わたしは航空券がもったいないから一人で来たのだけれど、来てよかった」

「俺はスポンサーと二人での博奕旅だった。その男にカネを持ち逃げされちゃったよ。同じような境遇だな」

 持ち逃げしたのは自分なのに、ウソが勝手に口から出てくる。

 そこいらへんは、新宿歌舞伎町のろくでなし博奕うちの特技だ。

 竜太の頭の中を閃光が駆け抜けた。

 上着の内ポケットに収められた7万ドル分のカジノ・チップを始め、幸運の女神はまだ俺を見捨てていないのじゃなかろうか。

⇒続きはこちら 第5章:竜太、ふたたび(5)

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。