ばくち打ち
第5章:竜太、ふたたび(6)
「そしてここは重要だ。去っていく立ち賭けの連中といっしょに、きみもテーブルから離れる。これなら自然だ。ベットしようと思っていたのに、『ツラ』が切れてタイミングを失い、他のテーブルを探す、という流れなのだから。すると、きみの掌の中には、『カラー・チェンジ』された9頭のゴリラと2匹のモンキーが残っている。これをキャッシャーに持ち込むんだ」
「なんでいちいちそんな面倒な手続きを踏まなくちゃいけないの。わたしはカジノのセキュリティからマークされているわけじゃない。フロアに入ったらすぐにキャッシャーに向かって、窓口に1万ドル・チップを7枚差し出せばいいようなものだけれど」
「それが、そう単純ではないのさ」
じつは正確な知識をもっていたわけではないのだが、竜太は真希から聞いていた、高額チップの換金の仕組みを説明する。
「オーストラリアのカジノでは1万ドルを超す換金は、国税当局への報告義務が生じるらしい。だから、1万ドル未満の換金にする。『カラー・チェンジ』された9頭のゴリラだけ、キャッシャーの窓口に差し出すこと。残った2匹のモンキーは、みゆきさんの取り分だ。それでゲーム卓で遊んでもいいし、『現金と同じもの』なのだから、また後日換金に来ても構わない」
「7日間かけて、7万ドルを換金するの? 一日で63万円のアルバイトだと思っていたけれど、やっぱりそんな美味しい話があるわけないか」
「いや、初日なら4万ドルに達しない金額なら、換金しても大丈夫だろう、と俺は思う」
「でも1万ドルを超した換金なら、国税に報告されちゃうのでしょ。国税に報告されるということは、当然わたしの個人情報もカジノ側が把握していなければならない。面倒くさい質問なんかされちゃうみたいね」
みゆきの顔に当惑が浮かぶ。
「異なるキャッシャーで、9000ドルずつを4箇所で換金するんだ。これならIDの提示は求められないはずだ」
「なるほど」
「ただし、やり過ぎると、“アイズ・イン・ザ・スカイ”という名の監視カメラで追われる。そうなるのは厄介だから、4万ドル未満当たりが安全圏だろう、と俺は踏んでる」
竜太にも正確な情報があったわけではない。
しかし、VIPフロアでないザラ場(=ヒラ場=一般フロア)ですら、一人5万ドルくらいの現金なら、フツーに飛び交うのが、オーストラリアの大規模カジノだ。
「翌日、同じ方法を使って、9000ドルの3回で2万7000ドルの換金。これならまず、サヴェイランスのカメラで追われなくて済む。1日63万円のバイトじゃなくなるけれど、1日30万超にはなるのだから、文句はないだろう」
みゆきはじばらく考えていた。
「それは文句をいったらバチが当たるだろうけれど、怪しい匂いはあるよね」
「別に犯罪を犯しているわけじゃないさ」
竜太がその7万ドルのチップをバカラ・テーブルから掠めてきたのはまるで犯罪だったが、経緯を知らないみゆきが、そのチップを換金することが、法に抵触しているはずがなかった。
「本来なら、俺のカネだ。俺がカジノのキャッシャーにもって行って現金化すればいい。ところがセキュリティのリストに載ってしまって、中に入れない。だから、他の人間が換金しに行くだけなのだから」
「わかった、やってみる」
「とにかく怯えないこと。これが重要だ。周囲を気にすると、疑惑を抱かれる。でも自信をもって行動してさえいれば、まず疑われないものなんだよ」
竜太が、新宿歌舞伎町生活で学んだ行動哲学である。