第5章:竜太、ふたたび(15)

「竜太さんが行かないのなら、わたしは行きます。ランには乗れ、ツラには張れ。ギャンブルって、そういうことなんでしょ」

 みゆきは、カラー・チェンジされたピンクのチップを、ぴしりっとプレイヤー側を示す枠内に叩きつけた。

「初手から、モンキー(=500ドル・チップのこと)かよ」

 いい根性である。

 勝敗はともかく、行くべきところで行く。

 日本の伝統的賭場(どば)では、これを「行き越し」と呼んでいた。

「ノー・モア・ベッツ」

 の声がかかり、卓上でディーラーが両手を左右に振る。

 そしてディーラーは、シュー・ボックスからカードを抜いた。

 プレーヤー側一枚目が6、バンカー側一枚目が4。

 プレイヤー側二枚目は9で1点下げた。

 ここで、

「サンピンッ!」

 の竜太の気合い。

「ねえ、なにが起こっているの?」

 とみゆき。

 ディーラーは機械的にバンカー側二枚目のカードを起こすと、これは絵札。

 プレイヤー5対バンカー4の持ち点。

「みゆきの方が若干有利になってる」

 掌を突き出し、ディーラーの動作を止めると、竜太はみゆきに説明した。

「ここでプレイヤー側の三枚目が、1と8・9・10および絵札なら、そこで勝負は終了。バンカー側に三枚目のカードは配られない。したがって、三枚目が1ならプレイヤー勝利。8なら敗北。9でタイ。10と絵札ならプレイヤー勝利。枚数を数えてみりゃわかるだろうけど、プレイヤー側が優位に立ってる。バンカー側の持ち点は4だから、いまの状態が『4条件』と呼ばれる。『条件』ってのは、バンカーに三枚目のカードがあるかどうか、ってことなんだが」

「じゃ、プレイヤー側が三枚目で、2から7が配られたらどうなるの?」

「2・3・4ではプレイヤー側の持ち点が高くなるので、まず負けはない。5はブタでアウト。6・7では持ち点が1・2になってしまうので、まあ負けるんだろうな」

「よくわからない。バカラって、ルールが難しい」

「『条件』がつくのは、バンカー側の最初の二枚の合計が3から6の時だけだ。それさえ覚えちゃえば、バカラのルールは簡単さ」

 そう、カジノで「複雑なゲーム」は採用されない。

「複雑なゲーム」では、経験や技量をもった者が勝つからである。

 竜太が、オープンと眼で合図を送ると、ディーラーはプレイヤー側三枚目のカードを、シュー・ボックスから抜き出した。

 これが絵札で、「4条件」ゆえバンカー側に三枚目のカードの権利は消滅し、クー(=手)終了。

 5対4で、プレイヤー側のあっけない勝利だった。

 ディーラーが、みゆきのモンキー・ベットにモンキーの勝ちチップをつける。

「へえ、これでまた500ドル。通算成績が11勝4敗になったよ」

 みゆきが勝利したのは喜ばしいことなのだろうが、しかし竜太の心の中は悶々としていた。

 やはり、1600ドルで行くべきだったのだ。

 ランには乗れ。ツラには張れ。

 反省・後悔が、バカ・アホと竜太を責める。

「じゃ、また」

 と、みゆきがプレイヤー側の枠内にピンクのチップを押し出した。

 4目(もく)のPヅラが起きて、それを100ドルからのダブル・アップですべて取った。1500ドルの気持ちいい勝利。

 しかし怖気づき、次手を「見」で休んだ。

 5目めもプレイヤー側の楽勝。

 ツラはまだつづいていた。

 でも、もう行けない。

 ここで自分が行くと、ツラが切れる。

 まったく「科学的」ではないのだが、そうなるのだ。

 これまで竜太はそういった例を何度も経験していたし、また見物してきた。

 賭場(どば)では、これを「飛び込み自殺」と呼ぶ。

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。