第5章:竜太、ふたたび(17)

 ブロンドの長髪で、瞳は深いブルー。

 痩せているのに、ベージュのブラウスの胸の部分が、きゅんと尖っていた。

 まるで漫画に出てきそうな白人美女なのだが、紅がちょっと強めにひかれた唇は、竜太に悪魔のそれを連想させた。

 首からID入りのプラスティックをぶら下げていたので、ハウス側の人間か。

 美女が竜太になにかを話しかけた。

 新宿歌舞伎町のろくでなしばくち打ちは、自慢じゃないけど英語などまるでわからない。いや、日本語だって怪しいものだ。

 歌舞伎町語で話しやがれ。

「カードはもっているか、と訊いている」

 と、みゆきが助け舟を出した。

 この間、ディーラーは3人を眺めているだけで、勝負は中断している。

「VIPルームじゃあるまいし、ヒラ場で博奕(ばくち)を打つのに、そんなもの必要なのか?」

 と、竜太は質問を質問で返した。

 みゆきと美女の間で、会話が交わされる。

 みゆきの英語はたどたどしかったが、どうやら意思は疎通しているようだ。

 田舎の女子大を舐めてはいけない、と竜太は思った。

「インサイドでプレイしないか、ですって。また『インサイド』よ。間違いなくVIPフロアのことね。プレイしたかったらすぐにカードを発行するから、IDが必要なそうよ。どうする?」

 二人の張り取りは、サヴェ―ランスのカメラ(=通称“アイズ・イン・ザ・スカイ”)で追われていたのだ。

 そこからVIP部に連絡が入り、ホストが駆けつけた。

 その間、わずか20分。

 早業(はやわざ)である。

 大口の打ち手しかVIPカードをもてない、と考えている人たちも多いのだが、そんなことはない。

 メガ・カジノのヒラ場(=一般フロア)で、一手500ドル(4万5000円)・1000ドル(9万円)くらいで打っていれば、すぐにVIPホストが駆けつけてくる。

「その『インサイド』とやらのミニマムはいくらなんだ」

「100ドルのもあるそうで、この卓と変わらないんですって。『インサイド』では、飲み物・食べ物すべてフリーで、ホテルの部屋も用意する、って言ってた。話が美味しすぎるんじゃない」

 みゆきは知らないだろうが、竜太はたった2時間弱だったかもしれないが、すでにカジノのVIPルームを経験していた。

 そう、飲み物・喰い物全部無料で、王侯貴族の気分で博奕(ばくち)が打てる空間だった。

 もちろん、美味しい餌には喰らいつく。

 新宿歌舞伎町にたむろすろくでなしばくち打ちの習性だった。

 釣り上げられるからいけないのである。

 餌だけ頂戴して、頭陀(ずだ)る。

「じゃ、ガジってみるか」

「ガジるって?」

「アングラ・カジノの言葉だな。ハウスにただメシ・ただ酒をご馳走になって、おみやげに仲間とキャチボールでサビチ(=サーヴィス・チップのこと)を抜いて持ち帰る」

「言っていることがわからない」

「わからなくてもいいさ。ただしこの公認ハウスではサビチがつかないだろうから、せいぜいVIPルームで飲み食いしようや」

 VIPカードが届くのを待つあいだ、ディーラーによって11クーめのカードが開かれた。

 プレイヤー側が7。上等な持ち点だ。

 しかしバンカー側は三枚目で持ち点8となるカードを起こし、1500ドルはやはり「飛び込み自殺」となってしまった。

 竜太は、がっくりと首を折る。

⇒続きはこちら 第5章:竜太、ふたたび(18)

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。