ばくち打ち
第6章:振り向けば、ジャンケット(13)
「ジャンケットがお客さんに貸し出すおカネの取り立てで、関係ができてしまうのでしょうか?」
と優子。
彼女もこの業界を理解し始めているようだ。
「『アシ切り』における切り取り。確かにそれも、理由のひとつだ。あくまで付随的なものだけどね。でももっと本質的な部分でつながりができてしまう」
優子が首をかしげた。
眼が大きくて鼻筋が通っている。とても可愛らしい。
頭も勘もよさそうだが、この業界で生き残るには、それ以外の資質も必要だ。
「この稼業で大切なのは、客だよ。どんな客を握っているのかが、一番重要な部分となる」
「それはわかります。でもそれと裏社会とどんな関係があるのですか?」
「ジャンケットは、どうやって大口のカジノ客を集めると思うの?」
良平は逆に訊いてみた。
「新聞やテレビに広告を打つわけではないでしょうから、宮前さんみたいに、お客さんがお客さんを連れて来てくれる」
「仲間内でのクチコミ、それは大きい。じゃ、元となる最初の人はどうやって見つけたんだね」
「あっ、そうか」
しばらく考えてから、優子は答を得たようだ。
「非合法の賭場で、ですね」
「そう、そのとおり。ただしこの業界では『とば』とは言わずに『どば』と読む」
「大口の旦那衆たちをそこで見つけて、海外の合法カジノに好条件で誘う。なるほどそれなら、お客さんに不自由しませんからね。非合法のものでしたら、やっぱり地下社会の人たちが経営しているのでしょうし」
「法律で賭博を禁止したところで、賭場(どば)がなくなるものではない。これは太古の昔からずっとそうだった。違法なものだから、地下社会の連中がシノギのネタにする」
と良平。
優子が正面から良平の眼を見詰めて言った。
「最初は冒険心と興味本位で飛び込んだこの仕事でした。いやならすぐに辞めて、東京に戻ればいい、と考えていた。しかしわたしにも、この業界で生きていくかどうかを決めなければならない時がきっと来る、と思います。ですので、大切な質問です。正直に答えてください。良平さんは地下社会の住人なのですか。いや良平さんがカタギだとしても、うちの会社はやくざのフロント企業なのでしょうか?」
優子の真剣な問いに、良平は思わず吹き出した。
「20年近くも昔のことだけれど、マカオに来る前には、わたしがなにをやっていた、と思う」
「最初に西麻布のクラブでお会いしたときには、身体は大きくていかついけれど、なんか知的な商売、たとえば大学の先生とかマスコミ関係で働いているのじゃないか、と思いました」
「当たらずといえども遠からず、だな。じつはあんまり知的な商売じゃないんだけれど、銀行員をやっていた。それも大手の銀行で、自分でいうのもなんだけれど、エリート・コースを歩んでいた」
「えっ、あのお堅い銀行員」
「銀行員が堅い、なんてのはまるでウソだ。それは、西麻布の経験でわかったのじゃないかね」
「そういえば、そうですね。融資にかかわる接待でお店に連れてこられる銀行員なんて、もうスケベばかりでした。おまけに、自腹を切るわけではないので、厚かましいお客さんが多かった」
「本業の方だって、一歩踏み間違えれば、塀の内側に落ちかねないことをやっている」
良平は吐息をついた。
おそらくこの吐息の意味は、優子にはわかるまい。(つづく)