第6章:振り向けば、ジャンケット(17)

 ケイジ内に設置された現金識別機の具合が悪いのか、それとも数が合わないのか、3000万円分のはずの日本円紙幣を、職員が何回も機械に入れ直していた。

「打ち手対カジノ・ハウス、の単純な二元論で考える人たちが多いですから」

 と都関良平は場を取り繕った。

 ――勝てば幸運、負ければ実力。

 これが、ゲーム賭博の基本だ。

 ところが経験が浅い打ち手たちは、博奕(ばくち)で負けた理由を、自分の実力ではなくて、他のナニモノかに求める。

「百田さんや宮前さんみたいなヴェテランの方にご説明する必要はないと思いますけれど、ハウスの経営陣と打ち手の間には、無数の人間が絡みます。バカラ卓で言えば、打ち手(客)→ディーラー(クルーピエ)→インスペクター(スーパーヴァイザー)→ピット・ボス→シフト・マネージャーとフロア・マネージャー、これをハウス側のサヴェイランス職員と、時としてガヴァメント・インスペクターが、常時カメラを通して監視している。おまけに制服や私服の警備職員も、テーブル間を歩き回る。ここまでもゲーミング・フロアだけです。だからもっともっとある。職員通用口を中に入っても、もう監視カメラだらけの世界。あそこにあるやつですね」

 良平は、フロアの天井に仕掛けられた直径20センチ弱のダークブルーの球体を指で示した。

 このジャンケット・フロアだけで100はあるのではなかろうか。それに加えるに、もちろんケイジ内にも、職員休憩室にも設置されている。そして実は天井だけではなくて、小型のものが要所要所に仕掛けられてあった。

 あのひとつの球体は、中に通常複数の高性能カメラが内蔵され、それぞれが対象となるものを追う。

 それゆえ、打ち手側が仕掛けようとするイカサマは、まず確実に摘発されてしまうのだった。

「ところが、『アイズ・イン・ザ・スカイ』と呼ばれるあのカメラは、もちろんお客さんたちも追うのですが、そのほとんどがカジノ職員を監察の対象とする」

 と良平。

「カジノにおける不正は、その95%以上は、カジノ職員によっておこなわれる、っていう記事を読んだことがある。そりゃそうだ、外側の人間より職員の方がイカサマをやりやすいわけだから」

 百田が応えた。

 そこまでわかっているのなら、説明がしやすかった。

「いわゆる、『横シゴト』ですよね。もしハウスがなんらかの細工をして、ディーラーに指図し勝ち目を操作できるものであるなら、ディーラーは友人たちと組んで、友人たちを勝たせます。アガリは、外で分配すればいい。『横シゴト』を仕掛けてくる打ち手側の敵は不特定多数ですから、ハウスは把握のしようがない」

「日本のアングラ・カジノで潰れたのは、みんな『横シゴト』で盛大に抜かれちゃったケースだと聞いている。ということは、そこには、勝ち目を操作できる仕掛けがあったということか」

 と百田。

「必ずしもそうとは言えないでしょう。サヴェイランスのシステムが無きに等しい日本のアングラなら、『縦シゴト』も横行している、と聞きます」

「縦シゴト」というのは、ハウス内の職員同士が組んで、ハウスのカネを抜き取る作業。

 とりわけゲーム卓のフロートの「フィル・イン」「フィル・アウト」の際に、チップとか現金とかが抜かれる場合が多いそうだ。

 すなわち合法のものにせよ非合法のものにせよ、カジノ・ハウスにとって、「敵は身中にあり」が常態なのであった。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。