第6章:振り向けば、ジャンケット(18)

「打ち手対ハウスの二元論で考える人たちは、カジノ経営の基本構造がわかっていないのでしょう。いや、自分の負けを認めたくないために、それを考えないようにしているのかもしれない。もしディーラーが次手の勝ち目を操作できるものであれば、『横シゴト』でハウスからどんどんと抜けます。1億円でも10億円でも自由自在ですよね。ディーラーとそのお友達は皆さん大金持ちとなります。月6000HKD(8万円)の家賃を払うのに苦労している、なんてことはありえない。『横シゴト』でディーラーと組んで客として抜いていく連中は、当然にも不特定多数なわけでして、ハウスには把握のしようがありません」

「それはそうだよな」

 と百田(ももた)

「ですので、勝負卓でシゴトが入れられるようなシステムになっていると、最大の損害を被(こうむ)るのは、ハウスなわけです。小規模ハウスは知りませんよ。横シゴトの疑いがあれば、日本の昔の手本引きの場の仕組みのように、一人ひとりの打ち手を暴力の専門家が追えるかもしれませんから。でも一日に数千人・数万人の入場がある大規模ハウスでは、それは無理です。おまけに、ハウスによるシゴトがバレれば、博彩監察協調局にゲーミング・ライセンスを取り上げられてしまう。ご存じのように、カジノ・ライセンスというのは、高額紙幣の印刷機のようなものでして、それをわざわざ失うようなリスクを経営陣が冒すわけがない」

 と都関良平が理路整然と説明した。

「でも、ルーレットなんかじゃ、ディーラーが落とし目を狙う、という話はよく聞くぞ」

 いわゆるカジノの「ディーラー神話」である。

 またそんなバカバカしい話を信じている打ち手たちも、結構多かった。

「ええ、落としどころを狙うというケースはあるかもしれません。ただし、ディーラーが特定の数字を狙って投げても、球はそこには落ちない。どんなヴェテラン・ディーラーでも、それは無理です。もし特定の数字に落ちるものなら、同様にディーラーとそのお友達は大金持ちです」

 良平はつづけた。

「大手ハウスでは、勝負卓でシゴトを入れられる制度の構築は、論理的に成り立ちません。だから、ハウスがもっとも恐れるのは、横シゴトではなくて、じつは職員間の『抜き』なんですね。さっきお話しした、『縦シゴト』と呼ばれるものです。『打ち手VSハウス』の二元論を信じる人たちの頭の中には、その部分がすっぽりと抜け落ちています。そこかしこに仕掛けられた『アイズ・イン・ザ・スカイ』のカメラの90%以上は、じつは客ではなくてカジノ従業員たちを対象として追っているはずです。大手ハウスでは常時、誰かを複数の誰かが監視するシステムになっています。その複数の誰かは、また複数の誰かたちによって監視されている。これはサヴェイランス部員だってセキュリティ部員だって経営陣だって、例外ではありません。常に監視の対象となっているわけです。カジノという企業は、『決して人を信用してはならない』という哲学によって運営されているそうですよ」

 そう、ジャンケット業者である自分の一挙手一投足も、サヴェイランスに追われているのだった。

「その哲学は正しいんじゃねーのか」

 と、百田が苦笑した。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。