ばくち打ち
第6章:振り向けば、ジャンケット(21)
上海東鼎投資グループ会長・邵東明(シャオ・ドンミン)の10億人民元(170億円)、および中国のスマホメーカー・金立(ジオ二―)の創業者による100億人民元(1700億円)といったキリのいい数字で負けが確定するのは、ジャンケット業者が打ち手に与えるクレジット・リミットとの関係である。
3日で170億円の負けという上海の「紅頂」の方はどうあれ(これもすごいが)、しかし1700億円ものクレジットを最初から一人の打ち手に与えられるジャンケット業者なんて存在するわけがなかった。どんな大手業者であっても、それは無理だ。
以下の状況が都関良平の頭の中で浮かぶ。
「下げ銭」なしの手ぶらでサイパンのハウスに現れた金立の創業者は、10億人民元のオリジナルなクレジットを、あっという間にバカラ卓で溶かしてしまったのだろう。
休暇はまだ数日残っていた。
彼は、新たなクレジットを、ジャンケット業者に要求した。
大手のジャンケット業者は、いわゆる「鯨(ホエール)」と呼ばれる超大口の打ち手たちの資産状態を正確に把握している。それを調べる専門の調査会社があるのである。
この人なら、テッパン。
ジャンケット業者は更なる10億人民元のクレジットを与えた。
これもバカラ卓であっさりと溶ける。
もうこうなってくると、ジャンケット業者にとっては安全領域に入ったのも同然だった。蟻地獄に落ちた蟻である。
賭場(どば)では、「眼に血が入った」打ち手には、けっして回復が望めなかった。
打てば打つだけ、堕ちていく。
なぜそうなるのかを知らないのだが、必ずそうなることを都関良平は経験から学んでいた。
金立の創業者は、もっとクレジットを要求した。
ジャンケット業者は、どんどんと貸し出す。
これが、ひと滞在で100億人民元(1700億円)を負けたという信じ難い話の舞台裏だったのだろう、と良平は想像した。
それでは、なぜクレジットを100億人民元で止めてしまったのか?
これは、貸したカネの回収能力と関係するのだ。そこいらへんまでなら、なんとかなるだろう、という経営側の判断である。
100億人民元などという途方もない博奕での貸し金を回収するのは、そもそも困難だ。
ライセンスを持つ大手カジノ事業者なら、巨万の富を有する「鯨」賭人相手であったとしても、せいぜい30億円あたりまでしか貸し出さないはずだ。
業界で話題になったトミー・スハルトの例でもわかるように、まず取り立てに失敗し、焦げ付かせてしまうからだった。
ところが、一部のジャンケット業者は、そのリスクを厭(いと)わなかった。だから、どんどんと貸し出す。
取り立てに自信があるからである。
その取り立ての方法は、とても人に言えないようなものまであった。
自分も同じ業界に属するのだが、いやはや良平には眼を背け耳を塞ぎたくなるような極悪非道、えげつなくも鬼畜な世界が広がっていた。(つづく)