第6章:振り向けば、ジャンケット(24)

「物珍しさもあることだろうから、初期には大手カジノ事業者がもつプレミアム・プレイヤーのリストでVIPフロアが埋まるかもしれない。だけど、そんなのはすぐに枯れてしまいます。MGMマカオの件を覚えていますか? 開業時は、ジャンケットを入れなかった。そりゃ、プレミアム・プレイヤーのリストでVIPフロアが埋まるものなら、その方がハウスの収益はずっとずっとよくなる。でも、現在のMGMマカオのVIPフロアを見てくださいよ。ジャンケットの小部屋だらけになっている。シンガポールもいい例でした。カジノ解禁時には禁止していたジャンケットを4年も経てば認めるようになっている。まあ、ジャンケット業者には、厳しい規制をかけた状態ではあるのですが」

 と都関良平は言った。

「なにしろ審議している委員たちは、視察や観光でカジノに行ったことはあるかもしれないけれど、現場に対する深い知見をもつ者は、ほんの一人か二人だけしか居ません。おまけにどんな理由があったのかはほぼバレてしまいましたが、国会での『IR実施法』を政権側が有無を言わせず力づくで通過させた。それで法案では、ジャンケットなんて不思議な匂いのするものは、ひとまず排除する、という方向で固まったんだ、と思います」

 と高垣。

「だいたいジャンケット業者を排除したら、どうやって大口の打ち手たちの怪しげなカネを国境を越えて動かす、というのですか」

 とは都関良平の当然の質問。

「それで、7年後の見直し、となるわけです。そこいらへんは『カジノ設置法』では、すでに折り込み済みとなっている。多分、ハウスによる国税への報告義務もあって、日本の大口の打ち手たちは来ないだろう。見直しまでは、国内の一般ビンボー人プレイヤーと事情を知らない小金持ちたちで埋めてもらう。あるいは、パチンコでの『三店方式』のように警察を組織的に絡ませ、実際にはグレーな海外送入金を黙許してもらう。そうじゃなければ、中国や韓国の怪しげなカネを日本に動かせませんから。中国や韓国から大口の打ち手たちが来ないようであれば、大手カジノ事業者たちが公言している1兆円規模の投資なんて、できるわけがありません」

 なるほど、そういう手があるのかもしれない。

 あるのかもしれない、と言うよりは、霞が関なら涼しい顔でやりそうだった。

 周知のように「三店方式」というのは、パチンコ・ホール→古買商(景品交換所)→専門問屋→パチンコ・ホールと、間に2業者が噛むので「パチンコでの換金は、合法ではないかもしれないが、違法でもない」とする取り締まり機関の「不作為」ないしは珍妙な言い訳である。

 その中間2業者は、資本的にも経営的にも人事的にも、もちろん警察共済組合が管轄権を掌握していた。

「『三店方式』でジャンケットをやるのですか」

 都関良平は、吹き出しそうになった。

 でも、どうやって?

 日本の「優秀な」官僚機構なら、またまた「合法ではないかもしれないが、違法でもない」とする珍妙な案をひねり出してくるのかもしれなかった。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。