第6章:振り向けば、ジャンケット(25)

「残念ながら、『三店方式』でカネを処理する可能性も否定できない、ということです」

 受話器の向こう側で、リゾートJJ社の高垣がため息をついてから、つづけた。

「OBの再就職先やあまたの財団法人関連で警察とのつながりが深いうちの業界ですら、実際はどうなるのか、まだ情報が流れてきていません。だけど、日本国内のIR参入を目指す企業や自治体にとっても、取り締まり側にとっても、そもそもジャンケットという業種がよくわかっていない。紙屋の御曹司が『特別背任』で挙げられたときでさえ、あれだけ盛大に報道されたのに、ジャンケットは『I氏をマカオで連れ回したカジノ仲介業者』といった紹介がされただけでした。『カジノ仲介業』とは、いったいどんな職種なんだ? その程度の知識もなかったわけです。知っている人が居ない。いや知っている人たちが居たとしても、何回か塀の内側でしゃがんだ経験があるような人たちが多そうなので、委員会とか公聴会で説明できそうもない。そこで都関さんみたいにマカオで長い間ジャンケット業界で活躍していて、かつ、オモテ社会でも通用する履歴をもつ人間が、われわれには必要となる」

 じつは、この1~2年にオープンしたばかりだが、日本のパチンコ業界大手が資本参加している『パラダイスシティ・仁川』とか『オカダ・マニラ』といったメガ・カジノには、日本のジャンケット業者が入っていた。

 しかし双方とも苦戦している、とは、マカオ・ジャンケット業界雀の噂話である。

「そちらの条件をおっしゃってください。うちとしては可能な限り配慮するつもりです」

 と高垣がつづけた。

 ほう、そうなら検討の価値はある。吹っ掛けてみるか。

 でも自分は日本に戻りたいのだろうか、と都関良平はふと考えた。

「いろいろと検討してみます。もうすこしお時間をください」

 そこで電話は切れた。

 とにかくシャワーを浴びよう。

 良平は、天馬會から回してもらった7Fの客室に向かう前に、いったん5階に降りてジャンケット・フロアを覗いてみた。

 宮前の姿も百田の姿ももうない。

 やられて部屋に戻ったか?

「どれくらい回していたの?」

 良平はケイジで訊いた。

「20ミリオンHKD弱ですかね」

 と、マネージャーが答えた。

 20ミリオンHKDは、日本円にしたら3億円である。

 3人合わせれば7500万円のバイ・インで、僅か3億円相当のローリング。

 ぼこぼこにやられてしまったのだろうか。

「ミヤマエは燃え尽きて終わり。モモタの方が最後の最後で盛り返し、2ミリオンHKD(3000万円)分のノンネゴシアブル・チップをもったまま、卓を離れたよ」

 とマネージャーが付け足す。

 すると、小山田が1500万円のマイナスで、ほぼ確定。現時点で宮前は3000万円の負け、百田が原点維持といったところなのか。

「百田さんは、ノンネゴシアブル・チップをデポジットしていったの?」

 と良平はさらに訊く。

「いや、モモタは財布にしまって持ち帰った」

 ならば、宮前はどうあれ、すくなくとも百田はもう一度ハウスに挑むつもりなのだろう。

 すでに20ミリオンHKDをローリングしたのだから、そのコミッションで喰う『三宝商会』にとっては、諸経費を差っ引いてもそれなりの利益が出た。

 これ以降は、ほとんどすべてが純益となる。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。