ばくち打ち
第6章:振り向けば、ジャンケット(26)
翌日の昼過ぎに、都関良平はマカオ・フェリー・ターミナルに向かった。
港珠澳大橋は10月23日に開通する予定だったから、この頃は日本からだと、空路で直接マカオ空港に着くか、香港からフェリーで来る客が多かった。たまに大陸経由で、珠海(ジュハイ)から關閘を歩いて渡る者もいる。
優子からの連絡によれば、宮前たちはまだ誰も5Fのジャンケット・フロアに降りてきていないそうである。
不貞腐れて、まだ眠っているのだろう。
「ご無沙汰いたしました、横田理事長」
イミグレから出てきた関東の広域指定暴力団二次団体の若頭に、良平は頭を下げた。
「おう、また世話になる。こいつは美々(みみ)。よろしく頼む」
まだ大学生といったところか。痩身の美女だった。
ミニスカートから、すらりと長い脚が伸びている。
おそらくシロウト。化粧もナチュラル、おミズの匂いはない。
どうして40代後半のやくざに、この手の少女が魅かれるのだろう。
カネという問題だけではないのじゃなかろうか。
やくざの大物客を世話するたびに、良平が感じる疑問である。
リモに乗り込むと、横田が早速訊いた。
「日本からの打ち手は来てるの?」
やはりそれが気になるのだろう。
他団体だったらなんとか凌げるかもしれないが、自分のところの上部団体の執行部とでも同席になったなら、厄介だものな。
「今週末には4組ほど予約がありますが、いま居るのは3人だけです。残念なことに、その方たちもじきに手仕舞いといったところかもしれません」
と良平。
「やられてるのかよ、だらしねーな。俺が知ってる人たちか」
横田はかなり頻繁なリピーターなので、このハウスで顔見知りとなった日本からの打ち手たちは多かろう。
おまけに、良平のカジノだけではなくて、世界中の大手ハウスのVIPフロアで打つ者たちは、きわめて狭い世界を構成してしまう。それでどうしても知り合いが多くなるのだった。
「いえ、多分ご存じない方たちだと思いますよ。宮前さん・・・」
「知らん」
「それから、小田山さんと百田(ももた)さん」
「小田山は聞いたことがないが、百田はどこのだ?」
「広告業界だと伺っています」
「えっ? あの金貸しか?」
「昔は金融業をやっていたようですが、現在は広告会社を経営している、と聞いております」
「なに言ってんだよ。広告屋の看板を掛けてるかもしれないけれど、ばりばりの金貸しだ。うちとバッティングして、揉めたことがあった。I会系の二次団体の枝だろ。市ヶ谷あたりに事務所を構えてたはずだ」
「そういえば、市ヶ谷でしたね」
ジャンケットで打ち始める前にサインしてもらったプログラムの契約書に書かれたアドレスを思い出す。
「うちの若いもんが市ヶ谷に攫(さら)われたことがあった。あんときゃ、武装待機の指令が出たもんだ。東京じゃ道具を使ったドンパチは、上部団体同士の取り決めでご法度だから、抗争はなんとか避けられたんだが、一触即発の状態だったことは確かだ」
ぎゃあっ!
横田の言葉に、一瞬良平の頭の中を寒い風が吹き抜けた。
まさか、マカオのジャンケット・フロアの勝負卓で、トラブルを起こすのじゃないよな。(つづく)