第6章:振り向けば、ジャンケット(28)

 5階ジャンケット・フロアのセキュリティ・ゲートをくぐると、奥の勝負卓にすでに百田(ももた)が座っているのを、都関良平(とぜき・りょうへい)の眼は確認した。

 百田の背後には、優子が立っている。

「うわあっ」

 フロアに入れば、横田が連れてきた美々(みみ)という名の少女が、驚きの声をあげた。

 バカラ卓ばかり四十数台がオープンしている。

 平日の午後だというのに、しかもいくつかのテーブルには、立ち張りの客が二重の垣をつくっていた。

 あれは間違いなくツラ(一方の目の連勝)が起きている卓である。

 ラスヴェガスの常連客だってマカオのこれを見れば驚いてしまうのだろうが、おそらくカジノ経験がない少女なら卒倒しかねない光景だったのだろう。

「まずデポジットを済ませておきましょう」

 良平は横田に言った。

 勝負卓で百田とかちあう前に、カネの処理だけはしておきたい。

 広域指定暴力団二次団体の理事長とその連れの少女を、天馬會のケイジ(=会計部につながったキャッシャー)の前に導いた。

 横田がバッグから取り出したのは、輪ゴムで100万円ずつまとめられた一万円紙幣の束(ズク)である。これがさらにやくざ独特のまとめ方で1個1000万円(レンガ)となったものが3個だった。

 平均すれば横田はこれまで5000万円前後のデポジットだったから、かなり減っている。

 もっとも、バッグの中にはもっと入っているのかもしれないが。

 2012年10月、『暴力団新法』改正法が施行されてから、日本全国のやくざのシノギは厳しくなっていた。

 これはとりわけ関西の組織に顕著な傾向で、すでに合法ないしはグレイ・ゾーンの「正業」に「稼業」の重心を移していた関東やくざには、影響がそれほど深刻ではなかった、と聞いている。

 やくざの看板は出さないだけで、やっていることは同じだ。

 新たなシノギのネタが、どんどんと登場した。

 除染だとか介護あるいは貧困対策など、政府が怪しげな業界にじゃぶじゃぶとカネを流してくれるのだから。

 世にシノギのタネは尽きまじ。

「すぐにお打ちになりますか?」

 良平は横田に訊いた。

「一度お部屋に入って、リフレッシュしたい」

 と、横田の代わりに美々が答えた。

 リフレッシュ? この少女は英語圏での留学経験があるのだろうか。

「俺は、ご機嫌伺いにちょっとカードに触ってくる」

 と横田。

「では」

 良平が優子を携帯で呼び出した。

 百田が打っているバカラ卓からは、十数メートルしか離れていないのだけれど、そこいらへんは、良平のいつもの判断だった。

「お嬢さまをお部屋にお連れして」

 優子に命じると、さて厄介な部分である。

 横田を『天馬會』のテーブルに案内した。

「おう、やっとる、やっとる」

 博奕に集中する百田の背中を見つけた横田が、にやりと笑った。

「いわしちゃろ」

 と広域指定暴力団二次団体の理事長。

 もちろんバカラ勝負で「いわせる」のだろう、と都関良平は祈った。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。