ばくち打ち
第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(1)
中秋節が近づき、学校は休みに入った。
この時季には大陸からの客が大幅に増えるのだが、都関良平の主な客筋である日本からのジャンケット利用者数に変化はない。
11月になって上海蟹(しゃんはいがに)の季節となると、日本からの客はやや増えるのだろうが。
その週末の昼、良平はリスボア東翼2Fにある葡京日麗(ポータス・ド・ソル)の飲茶に娘のリリーを誘った。
「行くか?」
「いいわよ」
父親がこの年頃の娘に接するのは通常難しかろうが、概してマカオの少女たちは素直に親に従う。
葡京日麗は、いつも予約で満杯だ。
でもジャンケット関係には、無理をしてでも席を用意してくれた。
リリーの好物であるアワビの粽(ちまき)を注文し、あとは海老焼売に蟹とスペア・リブの点心。茄子と豆腐の小皿も絶品だ。
この9月からリリーは、ハイスクル―の最終学年に入っている。
そろそろ進路も決めておかねばなるまい。
彼女の希望は、
(1)アメリカの大学に留学。(2)ポルトガルの大学に留学。(3)マカオ大学。
だった。
「だけど、ポルトガル語の講義についていけるかどうか・・・」
ポルトガルにはリリーの母親の父、つまり祖父が住んでいて、学生生活を送る上でいろいろと好都合なのだが、それで、実際問題として、(1)と(3)を選ぶことにするようだ。
「日本の大学は選択肢に含まれないの?」
と父親は訊いた。
良平はリリーの父親ではあるが、血で繋がっているわけではなかった。
「いろいろと調べてみたけれど、日本の大学を卒業しても、あまり展望は開けそうもない、という情報が多いから。それに苦労して日本語を学んでも、日本以外では、ほとんど使い道がないでしょ」
しっかりした考え方をもっていた。
リリーは日本語がカタコトしかしゃべれない。
使用言語は、広東語・北京官話(普通語)・英語の順で、ポルトガル語・日本語とつづいた。
小さな頭の中で、数か国の言語がよくこんがらからないものだ、と良平などは感心する。しかしマカオではトライリンガルくらいなら、ごくフツーにいる。
ちなみにマカオ大学での公用言語は、中国語ではなくて英語だった。
飲茶を食べながら父親とのこの会話だって、英語でおこなっているのである。
ポルトガル人の祖父とマカオ人の祖母に、リリーの母親のマギーは生まれた。
隔世遺伝なのか、リリーは西欧の血を多く引いた容姿をもつ。
鼻筋がつんと尖がっていた。
学校では、男子生徒の憧れのまと的存在だ、と聞いている。
「日本から、仕事の誘いが来ている。条件がいいから考慮中だ。リリーが大学生になったら、ダディは日本に戻っても構わないかね?」
リゾートJJ社のオファーの件だ。
都関良平は、迷っていた。
日本初のカジノ開業に関する業務に就くのか、それともマカオで現在の仕事をつづけるのか。
日本での、決定に至るまでに延々と繰り返される会議のことを思うと、気が滅入る。
それで、まだ返事を戻していなかった。
でも先方にも、都合があるはずだ。(つづく)