ばくち打ち
第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(2)
「マミイがいなくなってから、ダディがずっとわたしの世話をしてくれた。とても感謝しています。だから、もうダディは自由になってください。ポルトガルとマカオの大学なら奨学金を取れる。でもアメリカの大学の場合は、たぶんダディからの経済的なサポートが必要になると思うの。それで、わたしも志望で迷っているのだから」
リリーは学業成績も優秀だった。
それゆえ、マカオやポルトガルの大学なら、学費全額免除および結構な額の生活費をマカオ政府かポルトガル政府が支給してくれる。
すごい子どもに育ってくれたものだ。
しかし、経済的要因で志望を変える必要は、都関家にはない。
「ダディはいつも仕事に追われて忙しい。わたしとゆっくり話すこともないでしょ」
追加で注文した蟹のたまごであえたヌードルの小皿に箸を伸ばしながら、リリーが言った。
あの細い躰のどこに入るのだろうか、と思うぐらい、リリーの食欲は旺盛である。
基本としてジャンケットは、1日24時間対応の業務だ。
優子という部下ができて多少時間に余裕ができても、『三宝商会』は「個人営業」のビジネスであることに変わりはなかった。
「いい機会だから、聞いておきたいの。なんでマミイはいなくなっちゃったの?」
「それはダディもこの16年間、ずっと考えてきたことだ」
それは、本当である。
「ダディがマカオに来たのは、1999年、マカオの行政権が北京政府に返還された年だった」
青島ビールで唇を濡らしてから、良平が言った。
娘の質問には、正直に答えよう。
おまけにその質問は、彼女の母親についてのものなのだから。
「公式的には日本のメガバンクの香港支店への異動だったが、実際にはほとんどマカオで仕事をしていた。まるで事情がわからなかったわたしに、仕事をいちから教えてくれたのが、あなたのお母さん・マギーだった」
そもそも地下社会における『マカオ戦争』の勃発で、日本関連のジャンケットがマカオを逃げ出してしまったから、送り込まれたのが良平だったのである。
銀行員だった良平は、ジャンケットの業務にむろん精通していない。
全員逃げ出していたのだから、当然にも、日本関係では教えてくれる者もいなかった。
その五里霧中の状態の良平に、手を差し伸べてくれたのがマギーである。
当時マギーは、マカオ最大のジャンケット事業者で、マネージャーをやっていた。
長身の美しい女性だった。
西欧の血が混じっている、と知ったのは、のちのことである。
マギーにどんな思惑があったのかは不明だが、カジノとの交渉や難しい客への対応は、マギーがやってくれた。
忙しいときには、自分の部下まで使って客への対応をおこなってくれたのである。
カネの扱いは、没問題(モーマンタイ)。これは良平の専門領域だった。
オモテに出しづらいカネを、綺麗にロンダリングし、どこに出してもホコリが出ないものにして戻して差し上げる。それが当時の日本のメガバンクの通常業務のひとつである。
マギーとの二人三脚で、良平はずいぶんと日本の汚れたカネを洗濯したものだった。(つづく)